独:Der Alte würfelt nicht.
「貴方のこと、まだよく思い出せないの。あの場所は一体…どこ?」
「…ヒースの花が咲く場所から、左から3番目の樹を通った細道。君の手を引いて…僕は、走ったんだよ」
「どこへ向かっていたの?その光景は…今でも夢で見るのよ」
「…そうだな。困ったな、それを君に聞かれるなんて」
少し彼の視線が下がったことに気付いて、私は不機嫌にしてしまったのかもしれないと不安になる。
聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がして、私は口をつむぐ。
ごめんなさい、と笑う私に、カノンもまた笑顔をくれる。
「――やっぱりやめよう、こんな話。せっかく気分転換しに来てるのに、面倒事は無しだよね」
「あら、優しいのね。意外だわ」
「惚れ直してくれた?」
「そうねぇ…ウサギを無理やり抱かせなかったら、惚れ直していたかもね」
ウサギを地面に置き、カノンは立ち上がって背伸びをする。
手を差し出され、それに重ねて立ち上がった。
私を誘い込む彼の一手かもしれないと分かっていながら、手を差し出さずにはいられない。
相手のチェックを逃れる手段もあるのに、敢えて取られる方を選びそうになる。
それはとても愚かな事で、プレイヤーなら起死回生を図るべきだ。
でもこれはチェスじゃない。
そう心に言い訳をし、また彼に微笑んだ。