保身に走れ!
歌わないなら口を閉じるか、歌うならお腹の底から声を出すの選択肢は二つが最適であろう。
中途半端に歌っているフリをするなんて卑怯だから、
どちらかはっきりした方が潔いはずだと穂ノ香は思う。
六月の半ばには合唱コンクールがあり、本番まであと一週間もないのにこの調子だった。
それが三年三組という存在――――去年優勝に導いたせっかくの嶋の演奏がもったいないと口パクを続ける穂ノ香が不満に思った時だ。
「つかさ、嶋ってピアノ上手くね? なによアイツ、プロなの?」
「バッハか! オカマちゃんこそ神戸発ピアノマンだな」
やんちゃでカッコイイとモテる二人組が私語を始めれば、声変わりをした音色はよく響いてしまう。
「つかねっむ、だっる、疲れたわ俺、誰か煩いピアノ止めろよ」
「ほんま合唱とか意味不。めんど、まあ授業楽だからマシですけども。合唱する暇あんならカラオケ行くわってゆー」
音楽の授業が怠いとブーイングを起こすなら威勢よくサボればいいのに、
ちゃっかり出席するあたりに垣間見る内申書を気にした素は、
あまりにチキンじゃないかと文句を言いたくならなくもない。
自称チャライ奴が体裁を考えるなんて、見た目の割にダサい性格だと馬鹿にしながらも、
そうやって胸中で批判はできる癖に、
それを彼らに教える勇気が欠落している穂ノ香の方が負けじと格好悪い訳だ。