保身に走れ!
「やっめなよー」
ざわつく教室で雑談が始まれば、綺麗なピアノの音が徐々に小さくなっていく。
そう、彼女らがクラスメートをイジるのはよせと注意をしているのは言葉だけで、
発音はスタッカートがついた陽気なものだった。
「でも船場はねえって。キログラムじゃなくトンだろ!」
「ひっどーい! かわいそーう」
まったく心配していないのに、可哀相だと親身になった表情を披露するギャルたちと、
女子と絡めて嬉しいから一人の人間をネタに調子に乗るチャラい奴らと、
ただ黙るだけのその他大勢の皆が揃って青春の完成だ。
最悪、最悪。
これが三組の日常だった。
男子が特徴ある外見の人をイジれば、女子数人が庇うように笑い、
それがテッパンの流れとなり、結果全員で笑う、みたいな環境だった。
本来ならターゲットと立場が近い穂ノ香の友達の割とふくよかな亜利沙の癖に、
船場をプププと嘲笑うくらい全体の空気が腐っていた。
揚げ句、「船場さんって本当何が楽しいんだろうね? もしウチが船場さんの顔んなったら無理!」と、
亜利沙は皆がイジる人間なら平気で見下す始末で、
「分かる。なんでダイエットしないんだろうね?」と、
血色が悪いことから陰でゴーストと呼ばれている穂ノ香だって、指揮者を普通に嘲笑っていた。
――皆がそうだった。
むしろ目立つ人たちがけなす相手とは線を引き、リーダー格と同調し、自分たちも悪口を叩かなければ、
次は己がいつターゲットにされるか分からない故に、
サバイバル能力が高い控えめなタイプの生徒こそが、標的をあえて中傷している節があった。
その傾向はあまりに幼すぎるのだが、
もちろんまだ未熟な周防穂ノ香をはじめクラスメートの誰ひとり自覚していなかったのは説明するまでもない。