保身に走れ!
「ああ、あれは弟が熱下がらなくて迎え。いい兄だなー、皆も見習えー」
昼休みに保育園から連絡があったため早退するのだと無気力な担任が説明をすれば、
「えー? おばちゃんは?」と、まつ毛を伸ばした美的感覚が奇特な女子が言う。
教壇に立つ船場でさえ窓の外に注目をするのは、話題の人物が学年で意識されている存在だと立証するには正解だ。
「えー、お兄ちゃんだからってなんで?」
普通は保護者が迎えに行くはずだから、確かに穂ノ香にも不思議なことだった。
だからって――……
だからって、だからやっぱり彼女は三年三組が大嫌いだった。
「あいつデキ婚だから! ママいくじほーき! お兄ちゃんが子育てしなきゃだろ」
「女子気をつけろよ、デキ婚に孕まされる、ウケる」
「児童虐待、躾でせっかん、内縁の夫ー、無職の旦那ー、母親パチスロー、暗い未来だな!」
「俺なら恥ずかしくて余裕で無理!」
笑い出す男子二人の掛け合いに乗っかり、可愛いと自覚している女子たちが豪快に笑うのだけれど、
人生で最大に穂ノ香は苛々した。
かわいそーじゃん
なぜそんなデタラメを言えるのか。
確かに早退生徒の母親はできちゃった結婚だったのだけれど、
歳を重ねてから短大か専門か何か学校に通って、
更に何年か現場で勤め国家試験を近々受けると田舎ならではの噂で聞いた。
頑張る大人をなぜ否定するのだろうか。
子育てをしながらよくやったのではないだろうか。
「あいつ可哀相だよな」
「お前ひでぇ、感情こもってねぇよ」
「もー、男子ってば」
誰かを見下し全員で笑う仕組みが定着した幼稚なクラスを、穂ノ香は一人抜け出してみたくなる。