保身に走れ!
例えば穂ノ香の担任は日頃全く生徒の指導をしないし、ダラダラと流れ作業で工夫もせずに授業をするのだが、
逆に言えば子供たちの未来を思って注意してやろうとか、青春の記念として一緒に頑張ってやろうとか、
何かしら先生に夢を与える態度がとれない生徒たちも少なからず悪いのだ。
悪循環ばかりの三組がやっぱり嫌い。
「文化祭は合唱コンクールのリベンジに決定です。一回やってるんだから受験生でも大丈夫だな」
かったるそうに担任が言えば、「はー? おもんな」とか「やだー」とか、
「なんでー?!」とか、最悪だ最低だと纏まりよくブーイングが起こった。
文句を言うなら自分で望ましい意見を出せばいいのだが、そういう話ではない中学生の見解だ。
一方、嶋のピアノをもう一度聞けるなら、穂ノ香はクラスメートたちと正反対に嬉しかった。
彼の指はピアノを歌わせるために存在している、繊細で綺麗な人だと思う。
去年のあの達成感を想えば、恋に素直な胸は高鳴るばかりだ。
しかし――……
「こら! メールしてきたのは周防だけなんだからな? ワガママ言うな、これで決定ですー、はい授業始めるぞ」
机の上にある喧しさを被せるように潰したのは担任の怒号、注意してほしい時はシカトでスルーしてほしい時は触れる――なぜ空気を読まないのか。
「合唱とかつまんねぇじゃん」
「ほんまそれ! ゴースト周防とか本格的に腹立つし」
クレームを処理する力がない穂ノ香が新たな怒りの矛先になったことは言うまでもない。
もしも今、ここにあの子供っぽい少年が現れたならば、きっと『穂ノ香サマ合コン二次会かよ!』なんて笑い、
教室の敵から彼女を庇ってくれたのだろう。