保身に走れ!
中学生になると新生活に慣れてきた一年生の六月半ばくらいから、
音楽の時間に歌を真面目に歌う生徒なんか居なくなった。
気づけば自分の声がやたら耳につき、周りは口パクなのに堂々と歌っていたことが恥ずかしくなって自然と唇を動かさなくなっていたように思う。
清潔なピアノの音が綺麗に響くからむなしいだけだった。
なんでもそう、例えば授業で自主的に挙手したり、自発的に掃除を頑張ったりする人は、
イタイといった感じの冷笑する目で見られるようになってしまっていた。
それは国語の本読みをする声が小さくなることや、
英語の発音で誰も先生の後をリピートしないことなどで穂ノ香が容易に体感できていた。
確実に雰囲気が悪くなる傾向を察したからといって、改善案片手に行動へ移すことはせず、
空気を読んで周りに合わせ順応する点が、穂ノ香の性格そのものであろう。
皆に馴染んで大人しくしていれば、とりあえず隣のクラスのあの子のようにイジメられたり色眼鏡で見られたりしない故に、
安全な学生生活を無事に送られるのだから、誰にも迷惑をかけずに存在するだけが精一杯だった。
そんな彼女が取得しなくてはならないのは勇気と対人スキルで、
そんな彼女が破棄しなければならないのは卑屈精神とプライドだろうが、
本人はちっとも自分を客観視できないせいで、
己の謙虚に見せかけて実は誰よりも自尊心が高い内側に気づくこともなかったのだった。