保身に走れ!
下顎を左にずらして、露骨に怪訝な表情を見せる人物は、
何か他人にトラウマがある子供のような様子に思えなくもないため、少々穂ノ香は怯んでしまう。
しかし、今頑張らなければ、今より酷く衰退していく教室で生きるのが苦痛で、
何より嶋に迷惑をかけている今が申し訳なくて、
「文化祭、手伝って?」と、今やっと彼女は本題を切り出した。
無言を貫き暗に相手がすすんで萎縮したがる態度をとるため、気後れしがちな穂ノ香だったのだが、
文化祭という単語を耳にしたせいなのか、左から持ち上げた髪がオシャレな男子の空気が先程とは変わったように感じられた。
「あの、」
去年なら恥ずかしいから絡んでほしくなかったのに気軽に話しかけてきた癖に、
クラスが違うからと、今年は避けるように距離を置くものだろうか。
「あの、わたし、」
穂ノ香は恋をしていた。
恋愛感情を持つしかできず、告白なんて夢の話で、
ただただ後ろ姿を眺めるのみ、それ以上は何もできずにいる今。
イベント事に嶋の笑顔を見たがるのはこじつけなのかもしれない。
とりあえず、三組に属する彼女の文化祭は闇なのは確かだ。
「うちのクラス、すごい、だめで……文化祭」
今年の教室は腐っている故に片思いをしたって輝いてもくれない。
去年にあって今年にないもの、それは目の前にいる二組のムードメーカー君だった。
「そっか、頑張って。」
彼の性格上、行事には乗ってくれると踏んでいたのだが、
頼りの綱である人物におもいっきり愛想笑いをされてしまったせいで、
華やかな世界の主役のように可愛くない穂ノ香の辛うじて二重の腫れぼったい瞳から頬へと一筋の雫が伝った。