保身に走れ!

「続いては、三年三組による合唱です。三組の皆さんは合唱コンクールで歌った曲をもう一度披露してくださるそうで、楽しみですね。

ただ今準備中ですので、しばらくお待ち下さい」

緊張を隠しつつもどこか得意げな場内アナウンスは、文化祭という日を文化祭らしく仕上げている。

同じ土俵の歌でも、去年のコンクールは皆の笑顔があって、つられて指揮者の冴えない女子生徒も歌いながらするくらい楽しかった。

今年の文化祭は静かな合唱で、トイレに立つ生徒の雑音や携帯電話のバイブレーションにさえ負けそうな微弱なボリュームだと、

始まる前につまらない欝陶しい記憶となる結果が分かってしまう。


となると、このままでは嶋のピアノが勿体ないと思う。
ますます三組なんか大嫌いになると思う。

もう穂ノ香に迷っている時間はない。


そう、幕が上がる前に、普通は円陣を組むなり掛け声をかけるなり、青春に向けてやらなければならないことがある。

三年三組の場合、『ちゃんとしよう!』と、青臭い誰かがいきがった皆を諭さなければならない。


今までの穂ノ香ならば、『誰かが何とかしてよ』と、不満があっても他人任せにしていた。

そのうえ、波風立てない自分は大人だと、文句を言わない自分は謙虚だと、

ただ保身に走り、逃げる姿勢を聞こえよく言い訳ばかりしてきてしまっていた。


「誰かさんが合唱とかいうから! おっもんなー」

「ゴースト存在がだりぃ。何で俺らが歌わなきゃなんだよー」

だから、今、こんなにも彼女が暮らす周辺は空気が悪い。

中学校、十五歳、文化祭、受験生、卒業まで半年を切った――このままでも良いのだろうか。

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