訳有彼氏

 「…ん…」

 小さく唸り、ベッドの上で起き上がった鴉孤の顔を見上げる。

 ボーっとしている。まだ半分寝ぼけているらしい。

 頭をかき、鴉孤はのっそりとした動作で私を見た。

 「あこ…?」

 
 瞳を二度瞬き、鴉孤は冴えた目で私を見た。

 「…鳴海(なるみ)?」

 言葉が呟かれた瞬間、私の肩から力が抜けて行く。

 「あからさまにガッカリしないでくれる?流石に傷つくんですけど…」

 左手で前髪をかきあげ、立ち上がったその人を項垂れたまま目で追った。

 「…一応聞くけど、空(から)だよね?」

 「カラスじゃなくてすいませんね。」

 鴉孤は必要に応じて、自らの意思を切り離し、別人格、即ち別人に成り代わる。
 
 病名で呼ぶなら解離性同一性障害、一般的には多重人格障害と呼ばれるものだ。
人は多重人格をあまり理解していない。わざと演じているとか言うけど、それは違う。

 だって、鴉孤の体なのに、鴉孤とは違う行動、言葉、仕草を取り、名前、性格、趣味すらも違う“彼ら”の何処が同じ人物だと言えようか。
 
 今話している空(基本人格)は鴉孤(体の持ち主)よりも多く外に出る。

 学生の鴉孤にすり替わり空が学校に行くことも少なくない。

 だけど一般的に多重人格への理解はまだまだ薄いので、鴉孤と偽って、だけどね。


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