HYPNOTIC POISON ~催眠効果のある毒~


森本は飲み込みが早い。僕が説明したことをすぐに消化するし、吸収する能力にも長けている。


梶田なんていくら説明しても、数式が覚えられないのに。


森本は―――去年は僕の担当じゃなかった。


だから彼女に関してはほとんどと言っていいほど知らないけれど、


去年、一度だけ僕は彼女と話したことがある。


その頃は黒縁のメガネを掛けていて、化粧なんかもしていなかった。スカートの丈も今時珍しいぐらいきっちり規定の長さだったし。


どっちかっと言うと―――大人しくて目立たない、地味な生徒だった。


そんな彼女が裏庭でテストの答案用紙を破り捨てていたのだ。


たまたま通りがかった僕がびっくりして止めると、森本は泣きながら


「テストの点が悪いから、お母さんに顔向けできないの!」と叫んだ。


「テストの点が悪い…って…」と言って僕が破れた紙切れの破片を拾うと、点数欄に81点と赤字で記されていた。


「悪くないじゃん」僕が言うと、


「うちの親は90点以上じゃないと、認めてもらえないの」とまた叫んだ。


いかにも真面目そうな子だったから、成績は良さそうだったけど。


それでも90点以上じゃないと認めてもらえないってどんな家庭だろう。


「認める、認めないなんてさ、誰かが決めるわけじゃないし、決められるものでもない。

ようは君がどれほど努力したかってことだよ」


僕は苦笑いをして、その破片を拾い集めた。


森本はスカートをぎゅっと握って、その様子を見守っていた。


涙は引っ込んだようだが、まだ目尻に雫がたまっている。


「努力が足りないのなら、次にがんばればいい。だから終わったことを後悔しないで―――」


そう笑いかけると、彼女はびっくりしたように目を開いて、


それでも拾い集めた破片を素直に受け取ってくれた。




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