HYPNOTIC POISON ~催眠効果のある毒~
A組の堤内―――かぁ…
堤内と言う生徒は受け持ったことがない。一年のときも、もう一人居る数学の先生が受け持っていたからだ。
僕が生徒名簿を見ていると、隣の席に昼食から戻ってきた和田先生が椅子を引いた。
「神代先生、どうしたんですか?熱心に」
「あ、いえ。ちょっと気になることがありまして。和田先生は去年一年のクラスで堤内という女生徒がいるクラスを受け持った覚えあります?」
堤内、堤内……と和田先生は口の中で唱え、
「ああ。ありますよ。いかにも気が強そうなタイプで、授業中煩くしていた周りの男子を怒っていたことがあります。彼女が何か?」
「いえ。何でもないです」
本当に…僕は何をしているというのだ。
こんな、アイデアを盗んだ犯人探しみたいなことを。
だけど一度気になりだすとだめだな。どうしても気になって、僕は午後の授業に向かう途中、さりげなくA組の前を通った。
A組は授業開始10分前だというのに、D組みたいに騒いだり煩くしてるわけではない。
みんなきちんと椅子に腰掛け、教科書を開いている。
机と机の列も乱れていないし、まるで定規のようにしっかりと並んだ列を見て僕は苦笑を漏らした。
これが特進クラスと、問題児クラスとの差か。
開け放たれた窓から教室の中を何となく眺めると、後ろの方に座った根岸と目が合った。
黒縁メガネのいかにも真面目で華奢な生徒は、僕と目が合うと慌てて俯いた。
根岸―――……まだ喫煙の見張りなんかさせられているのだろうか。
違うクラスとは言え、いかにも気が弱そうな彼のことも、また心配である―――
だけどこのときの僕はまだ気付かなかった。
あの夢で見た―――――鬱蒼とした森
あの深い緑と黒のような複雑な色をした闇が根岸の心の中に眠っていること。
そして見上げた空を染めるあの真っ赤な色が、僕の愛する人を―――
飲み込もうとしているなんて。