HYPNOTIC POISON ~催眠効果のある毒~
「あ、そうだ」僕は思い立ったようにスーツの上着の内ポケットをまさぐった。
その中にオレンジのど飴が入っている。
「ほら。これ食べて元気だして!甘いものは疲れに効くんだよ」
戸惑った森本の掌に無理やり飴を手渡すと、森本は恐る恐る掌を開いた。
「先生……」
遠慮がちに口を開いた森本に、さっきの悲壮感は感じられなかった。
だけど戸惑ってはいるようだ。
おずおずと、
「……これ、溶けてる…」と言って掌の飴を見せてきた。
銀色のパッケージに包まれた喉飴は、溶けて形が変形していた。
「え!わっ!ホントだ。ごめん、何か違うもの…」
慌ててスーツの中をまさぐるも、僕のポケットには何もなかった。
「かっこわる……」がっくりきて、肩に力を抜くと、森本はちょっと笑った。
「先生。これで充分です」
ぺこりと頭を下げて行ってしまった森本を目で追いながら、それでもさっきまでの悲しみは微塵も感じられなかった。
―――
――
今年の春になって僕は森本を受け持つことになると、
最初は誰だか気付かなかった。
彼女は髪にパーマをかけ、うっすらと化粧をし、そして制服のスカートも短くなっていたから。
自己紹介表と名の付く、一種の進路希望調査票には
“先生、のど飴ありがとうございました。ずっとお礼がいえなくてごめんなさい”
と可愛らしい一文字が添えられていて、
ああ…あの時の…と、ようやく合点がいった具合だ。