HYPNOTIC POISON ~催眠効果のある毒~
「冬夜くんの怪我は、その後絵が描けなくなるほどまでの状態だったのですか?
それが原因で思い悩んで塞ぎがちだった?」
まこが、医者らしい視点で興味深そうに身を乗り出した。
「右手の怪我はすぐに手術をすることで、何とか普通の生活を送れると言うことでした」
叔母さんの方がはきはきと答えてくれた。
「神経は傷ついてなかったのか。久米の右手の怪我は絵を描くことができなくなった程ではなかったのですね」
まこは確認するように安藤母娘を順に眺め、さすがは医者だ。その声音は優しいのに、はきはきと力強い。
話すときのリズムも問いかけるときの僅かなイントネーションでさえ、僕と気軽に会話をしているときとはまるで違った。
その言葉に安心したのか、今度はおばあさんの方がまこを見上げて、目をまばたいた。
「…いいえぇ。その辺のこと私たちは詳しくは……ただ、その怪我が元で大好きな絵が描けなくなったのは事実です。
春海(ハルミ:久米の母親)も冬夜に期待していた分、その落胆ぶりは随分なものでした」
「どちらかと言うと良弘(ヨシヒロ:久米の父親)さんの方がその件に関しましては…、冬夜のことを随分心配してカウンセリングなどに通わせるなどして、精神的な立ち直りを図っていたわけです」
叔母さんの方が付け足すように言って、今度は僕が口を挟んだ。
聞き辛いことだが、知らなければならない。
「そこで夫婦お二人の間柄に、冬夜くんの教育方針の違いが生じて、お二人は離婚された―――
そう言うわけですか?」
言葉を慎重に選んで問いかけると、二人は揃って顔を見合わせ、おばあさんはそれまで少しだけ穏やかだった顔を急に険しくさせ、叔母さんの方は困惑した表情を浮かべた。
やはりそこまで立ち入ったことを聞くのが間違っていたのだろうか。
だけどそれとは違う意味だったのか、おばあさんの方がさらに顔を険しくさせ、
「あの男は、クリニック建設のための予算を、慰謝料と表した名の示談金を―――
犯人の父親だった男から受け取ったのです」