HYPNOTIC POISON ~催眠効果のある毒~
「―――……」
僕とまこは二人同じタイミングで顔を上げて、同じように僅かに口を開けた。
「……と言うことは、久米さんは犯人を公訴しなかったのですか」
僕はてっきり犯人は少年院に送致されているとばかり思っていた。
未成年者だから刑務所には行かないものの、それなりの刑に処せられるわけだが。
「…いえ。公訴はしました。もちろん」
叔母さんの方が自信なさそうに呟いて僅かに俯いた。
「かなりの額での損害賠償をね、請求したんですよ」
「当然の成り行きだな」
まこが、彼女に、と言うより僕に言うように頷いた。
僕もそれが当たり前だと思うし、お金の問題ではないけど、犯人はいずれまた少年院を出仕してくる。
「…しかし、犯人側の家族が法廷で争うことをしたくない、ことを荒立てたくない、と言い出しまして、長引きそうだった裁判の間に法外な金額を久米に手渡し、公訴を取り下げるよう願い出たようです」
そんな―――……
と言うことは、その金を受け取って二年前の事件後すぐに久米メンタルクリニックが建ったと言うか。
あのクリニックには、そういうカラクリがあったのだ。
「娘はね、当然闘うつもりでしたよ。警察は形だけ少年逮捕、少年院送致言う措置を取りましたが、私どもは本当かどうか知りません」
忌々しそうに言い捨てたおばあさんの言葉は、一番最初に会った穏やかな印象をがらりと代える程険しく、その目には恨みが篭っていた。
「……妹夫婦は実際疲れていたのだと想います。
お金を受け取ることをすぐに承諾したわけではありません。
犯人逮捕と言う措置はとられたものの、冬夜の受けた傷はあの子の将来を奪い、期待を掛けていた母親を精神的に追い詰めるものでした。
―――義弟は、これ以上妹に負担を掛けたくないと思っていたのかもしれませんし、整った設備の病院を建てることで、冬夜のカウンセリングに役立たせるつもりでいたのかもしれませんし」
叔母さんの方が久米の父親に対して少しだけ同情的な意見だった。
実際―――夫婦が別れるのは二人しか分からない問題であって、誰か他人が理解できるものでもない。
だけど傍目から見て、やはりクリニック建設は父親の風当たりを強くしたのだ。