輝くあの子は僕の恋人
都市郊外の温泉街。そこには多くの旅館がある。大きなものから小さなものまでその規模は様々だ。

その中でも特に小さい旅館が温泉街の外れにあった。客間はたったの5部屋しかなく、客足も少ない。そして従業員も少ない。支配人と料理人と仲居のたったの3人で経営されていた。

「はあ……今月も赤字だ」
支配人の松岡直人は、旅館の休憩室で9月分の帳簿をつけながら溜息をついた。
「いつものことじゃない。大したことないわ」
「……」
もっと他に気の利いた言葉があるだろうと、直人は肩を落とす。彼女はこの旅館のたった一人の仲居だ。名前は大井手明日香。
すると休憩所のドアが開いて、白い調理服を着たこの旅館の料理人が直人の隣に座って帳簿を覗き込んだ。
「はは、こりゃひどい」
彼、眞鍋隆博も明日香と同じようにさして気にした様子もない。

ここ数年、同じようなやりとりが毎月行われていたが、彼らはそうやって笑いとばすだけの力がある。彼ら3人は地元高校の同級生で、互いに気兼ねなく話すことのできる間柄だというのがその要因なかもしれない。

「あ、見て見て!この子、最近急にテレビに露出してきて人気急上昇中の注目株よ!」
明日香が休憩室の片隅にある小さなテレビを指差し騒ぎ立てる。彼女はいわゆるタレントというものが大好きな人種なのだ。お気に入りを見つけては、その人が出ているテレビ番組やら雑誌やらを全てチェックするという徹底風。
「なんて名前?」
「宮元亮くんよ。今年でちょうど20歳!可愛いわよねえ~」
「明日香、お前、おばさんになったなあ……」
「知ってるわ。余計なお世話!」
その人気俳優とは一回り歳が離れている。直人は改めて自分が歳をとっていることを自覚した。明日香も隆博も既婚者で子どももある。それに引き換え自分はどうだろうかと考えてみると、実に不憫なものだ。もうすぐ三十路になるというのに婚約者には逃げられ、今は恋人さえいない。結婚は夢のまた夢だろう。近年は晩婚化が進んでいるとはいえ、幼馴染の2人が2人とも結婚してしまうと些か焦りが出てくる。
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