君のためにできること
俺は、宙を見つめ、昔を思い出していた。


我に返り、なつきに視線を戻した。


なつきは、俺の腕の中であの時のなつみのように、静かに目を閉じている。


「なつき、さっき言えなかった言葉を言うよ」


なつきの体が、俺の気のせいかもしれないが、少し動いた気がした。


耳元に口を近づけた。


「俺は臆病だった。卑怯で臆病で自分を守ることだけを考えていた。傷つくのが怖かったんだ。でも、間違いだった。愛する人を失うことが怖いんじゃ、人を愛するなんてこと、きっとできない」


なつきが一瞬だけ、微笑んだような、そんな気がした。


「でも、もう、失いたくない。二度も失いたくないんだよ!」


俺はなつきの手を握った。





「救急車が来ました!」


店員が叫んだ。


けたたましいサイレンが鳴り、車の止まる音がする。


救急隊員が、店の中に入って来た。
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