揺れない瞳
芽依ちゃんと夏芽が来るのを楽しみにしていた事を隠そうともしない巧さんは、俺の車のチャイルドシートから夏芽を抱き上げると、
『良かったら央雅も上がっていけよ。今日は鍋にするって言ってたぞ』
視線は夏芽から離さないまま俺に声をかけてくれた。
芽依ちゃんに良く似た顔は、そのままで芽依ちゃんの兄だと主張している。
芽依ちゃんにとっては心から頼る事ができる優しい兄であり、小さな頃無理矢理離れ離れに暮らす事を強いられた大切な家族。
何事も穏やかに秘める芽依ちゃんの本音には、巧さんと暮らしていた幸せな時間への回顧がいつもあるに違いない。
そのうえ、俺という中途半端な距離の、半分だけしか繋がりのない弟によって、母親や新しい父親との関係をも薄いものにされた芽依ちゃん。
既に『高橋』でもなくなってしまって、大好きな巧さんに甘える機会ですら難しくなって、新しい『佐伯』という家族の中にも確固たる居場所を作れなかった小さな心はどんなに寂しかったんだろうかと、何度も考えてきた。
せめて、俺がいなければ。
俺という母さんと父さんの血を受け継いだ存在がなければ、芽依ちゃんの居場所…家族としてもっと深い意識と居心地の良さを感じられる居場所があったに違いない。
俺が芽依ちゃんの寂しさを大きなものにしたんだ。