揺れない瞳
「やっぱり、真正面から見る方がいいね」

「は?何の事だ?」

「あ……ごめん、……気にしないで」

普段、斜め後ろから見る事が多かった央雅くんの瞳を、真正面から見るのはかなり新鮮だ。どんな角度から見ても、整った顔はやっぱり整っているんだな。
ふと、そんな事が浮かんで、おかしくなってしまう。

央雅くんと手を繋いで、ほんの少し後ろを歩く心地良さと温かさもいいけれど、斜め後ろから見る央雅くんの瞳からは、感情の揺れも何も感じられない。

でも、こうして真正面から見て気付く事ができる、央雅くんの細かな心の震え。
私を心配してくれる優しさと、見た目とは違う弱い部分も感じる事ができる。

だから、央雅くんをちゃんと知るためには、こうして瞳をしっかりと見据えなきゃいけないって感じた。

「『気にしないで』って言われて、気にしない人って少ないと思うけど」

目を細めた央雅くんの声は、あきらかに不機嫌だ。
感情を隠さない、こんなストレートな声を、初めて聞いたように思う。
私と央雅くんが出会ってからの短い時間に、築いてきた関係は本当に薄いもので、央雅くんが見せるいろんな声や表情、仕草や感情全て。
もっともっと、知りたいと思う。

「私は、央雅くんの事を、あまり、知らなかったね」

「……は?」

央雅くんの怪訝そうな声に、小さく息を吐いて、気持ちを整えた。

「私は、両親から捨てられたの。両親が生きていく為に大切な物の中に、私は入ってなかったの。……その事を受け入れていたけど、ちゃんと消化していないって、気付いて泣いてたの。
自分が本当に求めているものや、本当の気持ち、隠したまま逃げてたって気付いたから」

一度は落ち着いたけれど、再び震え始めた私の手を、央雅くんはぎゅっと握ってくれた。そして、私の言葉に戸惑ったように眉を寄せた。

「その事と、俺をちゃんと知らなかったっていうのと、繋がるわけ?」

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