揺れない瞳
結局。

感情が揺れてしまった私は、バイトに入っても涙が溢れて止まらなかった。

父と会うと決めた自分自身への不安定さは思った以上だった。
以前より、父への拒否感は薄れているとはいえ、やっぱり抵抗する気持ちがないわけじゃない。
小さな頃から培われてきた私の頑なな想いが簡単に崩れることもない。

それでも会うと決めた。そう決めた自分を受け入れようと無理をしている事が、自分の足元を弱くしているようでさらに不安になる。

そして。

央雅くんからもらった言葉は、私が求めていた言葉なのに。

私を恋人にしてくれるなんて、願うことすら無理だと諦めていたのに。
私に対して曖昧に見えた央雅くんに、どんな心境の変化があったのか、ちゃんと聞くタイミングさえないままにその言葉は現実のものとなってわたしに落とされてしまった。

戸部先生という、もう一人の私のお父さんを味方につけて。

私が理解できる範疇を超えた央雅くんの変化は、私の感情全てを覆いつくして、ただ央雅くんの事しか考えられないようにしてしまった。

央雅くんの恋人になれるなんて、夢のようで嬉しい事なのに、戸惑いの方が大きくて、涙ばかりが流れてしまう。

突然、どうして央雅くんはあんな言葉をくれたんだろう。
そればかり考えては涙が止まらない。

そんな私の様子を見かねた加賀さんが、

『今日は帰りなさい。長い人生、ただ泣いてしまう日があってもいいのよ。
あ、バイト代は引いておくからね』

とあっさりと言ってくれて、私はお店を後にした。
遅刻したうえに早退。他のバイトの人たちの優しさに甘えさせてもらっていいのかと自分を責める気持ちも大きいけれど、今日の私はとてもとても、お店では使い物にならなかった。

バイトのみんなに謝って、どうにか涙を止めて。
ようやく着替えた私を待っていてくれた央雅くんが

『一緒に、帰ろう』

手を繋いでくれた時、ほんの少しだけ、気持ちは落ち着いた。
央雅くんが伝えてくれた言葉が、現実のもののように思えた。
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