揺れない瞳
「ようやく歩き出したばかりで、これは無理だろ」

央雅くんが手にしたのは、子供用のローラーシューズだ。
最近小学生たちが履いているのをよく見かける。
レストランやスーパーでは、履いたままの入店を禁止するところもあるくらいにスピードが出る。確かに、上手に滑ると楽しそうだけど。
どう考えても、一歳になったばかりの夏芽ちゃんには早すぎる。

「あ、それね。兄さんが買ってきたのよ。何を見ても夏芽に買ってあげたくなるみたいなの。父さんにしてもそんな感じだし。……どんどんこの家が狭くなる気がするわ」

リビングの隣の和室には、室内用のブランコが置かれていて、その周りに積まれているぬいぐるみの数も半端じゃない。
幾つかの籠に詰め込まれている小さなおもちゃたちだって相当な量だ。

「……夢の世界だ……」

思わず呟く私の心は、少し切なかった。
夏芽ちゃん一人の為に、こんなにおもちゃが溢れていて、思う存分遊べるなんて。
施設で過ごした私の小さな頃を考えると、本当に夢の世界だ。

施設に預けられたのは、今の夏芽ちゃんよりもずっと大きくなってから。
小学校に上がる頃だったから、おもちゃを求めて泣いたりすることは少なかったけれど、それでも、欲しい物を手に入れる幸せを味わう機会は滅多になかった。

「いいなあ、夏芽ちゃん。……幸せだね」

自分の過去と比べるなんて、夏芽ちゃんにはいい迷惑だろうけど、今の夏芽ちゃんの状況がうらやましくて仕方がない。

気を緩めると、寂しかった過去の記憶がよみがえりそうで、ぐっと口元を引き締めた。今更思い出しても、過去は変わらないんだから……。

そう思って、小さく息を吐いた時、隣の央雅くんが、私の背中をポンポンと叩いてくれた。軽く単純なその仕草は、私の落ち込みそうな気持ちに気づいた央雅くんの優しさ?

私を安心させるかのように見つめる央雅くんの手は、服越しでも、温かかった。




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