揺れない瞳
「え?……それって、かなり最近の事ですよね……」
私は驚いて、思わずそう言ってしまった。夏芽ちゃんが生まれたのは、一年ほど前。そんな最近まで、芽依さんが悩みを抱えていたなんて、予想外だ。
芽依さんが生まれて以来ずっと、自分の存在意義について悩んでいた事実は、その場に立ち会っていなかった私でさえ、苦しいものだったとわかる。
「あ、重く受け止めないでね。大人になるにつれて、仕事とか、恋愛とか、他にも悩みは生まれて、尽きなかったから、『自分が生まれた意味について』なんてしんみり考え続けてたわけじゃないのよ。ただ、私の心のどこかに、くすぶっていたのよねえ」
明るく、そして思い返すような芽依さんの口調は、私と央雅くんが気を遣わない空気を作ってくれているのがわかる。
確かに、弟である央雅くんにとって、芽依さんが悩み続けていた長い過去には、彼自身が存在しているはず。
だから、央雅くんがどう受け止めるのかを気遣いながら、話してくれているんだと思う。
央雅くんは、芽依さんの言葉を聞き流さないように、じっと視線を芽依さんに向けたままでいた。その表情には、何かを覚悟した、緊張感が満ちていた。
苦しげで張りつめている、その様子には、見覚えがあった。
これまで、私と話していた時にも、何度もこんな様子を見た。
私の背後に、芽依さんを見ているように、切なくて悲しそうな央雅くんを見た事があった。
そして、私は、そんな央雅くんを感じる度に、泣きたくなった。