揺れない瞳
私の両親が結婚した一番の理由は、母が私を身ごもったからだ。
まだ学生だった二人が、私を産む事を決めて結婚した。

それからの二人が、苦労なく過ごしていたとは思わない。
生まれたばかりの私を育てながら、学生生活を続けていた両親は、毎日を必死に生きていたと思う。

周囲からの手助けが、ないわけではなかったと聞くけれど、それ以上に浴びたのは、批判的な目。

高校生の二人が子供を育てるという、非常識的な状況を受け入れてもらえるほど、世間は甘くなかった。
ちゃんと入籍したから、という理由で高校を退学になる事だけは免れたけれど、卒業までの日々は、冷たく距離を置く周囲との闘いだったらしいと、以前戸部先生から聞かされた。

大きな会社を経営していた祖父は、息子が、いずれ大学を卒業して、自分の会社で働く日を楽しみにしていたらしい。けれど、突然息子から、結婚すると、おまけに孫まで生まれると聞かされ、父を勘当しそうになるほどに怒った。

それでも、『生まれてくる命を大切にしろ』と言って、渋々ながらも父と母の結婚を認め、経済的な援助も引き受けてくれた。

どうにか結婚生活が始まったけれど、嫁となった母は、祖父に気に入られなかった。
高校生の女の子が持つ、特有のわがままもあっただろうし、将来へ夢もあったはず。
昔ながらの頑固さを持っていた祖父と折り合いが悪くても、仕方がなかった。

父は、経済的な援助をしてくれる祖父への遠慮と、期待を裏切った事への申し訳なさから、当たり前のように、祖父の会社を継ぐ事を受け入れた。そして、大学卒業後は、仕事のみに時間を費やす、忙しい毎日を送っていた。

一方、画家を目指して、美大で勉強を続ける母との距離は広がるばかりだった。

その後、私の存在を理由に、結婚した両親は、私の存在を理由に、結婚を続ける決断は下さなかった。二人を繋ぐ力は、私にはなかったんだ。

もしも、私が生まれなければ。
両親がもっと幸せな人生を送っていただろうと思う。
二人が望んでいた将来を、手元に引き寄せて、楽しい毎日を過ごしていたと思う。
今の二人は、私を生んだ事を、後悔しているはず。

……だから、きっと。私は施設で暮らしていた。両親が健在なのに、施設で暮らさなきゃいけなかったのは、両親が、過去に下した結論を後悔していたからだと思う。
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