揺れない瞳
「このお店だよ。央雅くん、結乃が来るから嬉しくてバイトどころじゃないかもね?」
加絵ちゃんが視線を投げたのは、民家が並んでいる通りに突然現れた洋館。
「え?ここが居酒屋?」
「そう。予想通りの反応を、ありがとう」
全く居酒屋には見えない構えの……お店らしき建物を茫然と見上げる私をくすくすと笑う加絵ちゃんは、何度かこのお店に来た事があるらしく、慣れた様子で入口の扉を開けた。
そして、扉が開いた瞬間、店内からこぼれ出る光の束が眩しくて、私は目を細めた。
「さあ、愛しの央雅くんがお待ちかねだよ」
からかう加絵ちゃんの後に続いて、私はお店に入った。
夜道の暗さから、一瞬にして明るい世界に向かっていると、その瞬間はまるで……切ない過去から抜け出して、明るい未来へと一生懸命に向かおうとしている私自身を象徴しているような気がした。
私が経てきたこれまでの、もがいて悩んで右往左往するばかりの過去を、輝く未来へと少しずつ変えていくんだよと教えてくれるような光。
気付かない振りをしていた父さんへの気持ちや、央雅くんとの出会い。
最終審査まで残った私の作品……それらがもたらした、ほんの微かな自信。
いくつかの出来事に試されながら、自分の内面を見つめながら変わっていく私に気づいていた。
そして、まだ掴みきれていない、明るい光へとたどり着くように、一生懸命に、進んでいかなきゃいけない。
この光の向こうで私を待っている央雅くんの側に行く為に、私はお店の扉をそっと閉じた。
すると、悩み苦しんでいるばかりだった過去の私と決別させるように、扉が閉じる音が響いた。