揺れない瞳
私の事を『恋人』だとはっきりと言い切った央雅くんは、抱き寄せていた私の体を一瞬離したあと,すぐに私の腕を掴んだ。

「悪いけど、カウンター席に移ってくれる?俺の近くに置いておかないと、祥みたいな男が寄ってくるから」

央雅くんは、私にではなく加絵ちゃんにそう言うと、返事も聞かず私の腕を掴んでカウンターに向かって歩き出した。

歩き出す瞬間に振り返って、祥くんを牽制するような視線を投げていたのは気のせい……?

「央雅くん……あの、怒ってる……?」

引きずられるように歩く私を見ようともしない央雅くんを見上げると、普段見慣れた横顔には笑顔はなくて、それどころかあからさまな怒りが見える。
ここまで硬い表情の央雅くんを見るのは初めてで、それ以上言葉を繋げなくなる。

連れて来られたのは、加絵ちゃんに言ったとおりのカウンター席。
10席ほどある席の一番左端の席の前で

「ここで、俺がバイト終わるまで待ってろ」

「あ……うん。央雅くん……私が来た事……」

ここに来てはいけなかったのか、それが気になってしかたなくて、聞こうとするけど。
席についた私を確認すると、さっさと仕事に戻った央雅くんの背中しか見えない。
声をかけるなとでも言うように、私を拒んでいるような背中を見ると、本当に、悲しい。


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