揺れない瞳

仕事に戻った央雅くんは、何もなかったかのように笑顔を浮かべてお客さんの注文に応えている。
バイトを始めて一年くらいだと聞いているけれど、その落ち着きと慣れた動きからは単なるバイト以上の余裕も感じられる。

「ねえ央雅くん、あの女の子は彼女なの?」

カウンター席の反対側で飲んでいる女の人は、相変わらず鋭い視線を私に向けながら央雅くんに聞いている。
さっきまでは、央雅くんに対しては優しく甘えるような声を出していたけれど、今耳にする声は、イライラと怒りを隠さない冷たいものに変わっていた。

央雅くんはその問いに一瞬眉を寄せたけれど、すぐに笑顔に戻った。
そしてにっこりとした表情で、

「お客様に、私のプライベートをお話しする義務はないのですが、大切な人を安心させたいので申し上げます。
彼女は、私の恋人です。とても大切で、どこかに隠しておきたいくらい彼女に依存しています。
……このような答えでよろしいでしょうか?」

顔は笑ってる。
もともと整っているから、どんな表情も様になるけれど、今央雅くんが浮かべている笑顔は作り物のようだ。

あからさまでないにしろ、目の前にいる女の人を突き放すような声音と表情。
それでも恰好よく見える私はおかしいのかな……。
好きな人だから、そんなものなのかな。

「……ずっと、恋人はいないって言ってたのに……」

央雅くんを好きだったんだろうとわかる悔しそうな声で、女の人は呟いた。
そして、少しの間私を睨んだ後、席を立った。

「もう、この店には来ないから。……あ、店長さん、恋人をお店に連れ込む店員はクビにしたらどうですか?」

央雅くんの近くにいた男性にそう言って出て行った。
その背中は細くて悲しげだった。
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