揺れない瞳
その場の沈黙がしばらく続いた後、私の背後に立っていた祥くんが大きな笑い声を上げた。

「おい、お前、本当に央雅か?央雅の姿をした別人じゃないのかよ」

お腹を抱えて笑う様子は、このお店の雰囲気に似つかわしくはないけれど、店長をはじめ、みんなそれをとがめないでいる。
反対に、頷きながら祥くんの言葉に同調している。

もちろん、私もその一人。
央雅くんから私に向かって甘い言葉が投げられて恥ずかしいけれど、嬉しい気持ちの方が強い。
私を独占したいと解釈してしまいそうな言葉を、大好きな人から聞かされて嬉しくないわけがない。

けれど、その言葉を発したのが、他の誰でもない央雅くんだから、嬉しい気持ち以上に戸惑いの方が溢れてくる。
私を大切にしてくれるけれど、甘やかしてくれたり、感情を露骨に表現しない央雅くんしか知らないせいで、この幸せな気持ちをあっさり信じてもいいのか、わからない。

幸せを期待しても、次に待つのは落胆。
何度も経験した、そんな過去が私には強く根付いている。
けれど、央雅くんが私を大切にしてくれるようになって、好きだと言ってくれる事が何度かあって、今は央雅くんを信じたいと、思ってしまう。

央雅くんを信じても大丈夫という強い根拠はないけれど、央雅くんが周囲に私を彼女だと言ってくれて、他の男の人にの目に触れさせたくないとまで宣言してくれた。
それは、私の感情そのものを変えるには十分だから……。信じたい。

これまで見たことのなかった央雅くんが、目の前にいる。
飄々と仕事をすすめている央雅くんの横顔を見ながら、どうして突然、私への想いを露わにしたんだろうと戸惑いながらも……私の心は温かかった。

< 277 / 402 >

この作品をシェア

pagetop