揺れない瞳
その夜は、店長さんが私に気を遣ってくれたのか、央雅くんは普段よりも早くバイトを終えた。
大学の勉強も忙しい央雅くんは、それほど密なスケジュールでバイトをしているわけではないらしく、店長曰く

『央雅を手離したら、その顔が他の店の売り上げの為に役立つかもしれないだろ?
だから央雅の都合のいい時だけでもって頼んで来てもらってるんだ』

らしい。

軽やかに笑いながら、そう言っていたけれど、どこまで本気なのかわからなかった。
確かに央雅くんがカウンターに入っているだけで、女のお客さんは増えるだろうけど、本当にそれだけで央雅くんを働かせてるとも思えない。
今日ほんの少しの時間しか央雅くんの仕事ぶりを見なかったけれど、混み合う店内で、かなりの戦力として働いている重要な存在に思えた。

「どうした?」

ぼんやり考え込んでいると、央雅くんが私の顔を覗き込んできた。
額と額が触れ合いそうなくらいに近い距離で、その優しい声が私を包み込むと、その途端に鼓動は速くなる。

「あ……、あの、私のせいで央雅くんの仕事早く終わらせてしまって。
ごめんなさい」

お店を出てからずっと、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
私が訪ねてしまったせいで、お店の人みんなに気を遣わせてしまった気がする。
祥くんも、私が央雅くんの彼女だと気づいていたから、あれこれ言葉をかけてくれたのかもしれない。

お店に行った事を後悔しながら帰ってきた今、央雅くんがお店で見せていた冷ややかな表情から打って変わって、本当に優しい央雅くんが目の前にいる。

「仕事が早く終わって、少しでも長く結乃といられるんだから、謝る必要なんてないんだけど?」

思わず息をのんでしまうくらいに甘い言葉が央雅くんから落とされて、こんなに幸せな時間が夢のように感じられる。
その戸惑いを読み取ったように口元を緩めた央雅くんは、私の耳元に

「もっともっと長い時間、できるならずっと。結乃と一緒にいたいんだけど。
たとえば、一緒に暮らすとか?」

更に夢のような言葉をささやいた。

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