揺れない瞳
「結ちゃんのお父さん、かなり結ちゃんを気にかけてるし……お父さん自身が結ちゃんと暮らしたいって言ってるから、簡単には無理だと思うんだけど」

気遣うような静かな声で、芽依さんが言葉を挟んだ。
私の父が、私と暮らしたいと思っている事は以前から言われていてその都度断ってるけど、それををどうして芽依さんが知ってるんだろう……。

ふと首を傾げた私の思いに気付いたのか、

「お義父さんに頼まれてたものを持って事務所に顔を出した時、ちょうど結ちゃんのお父さんが来てたのよ。
『結乃がお世話になってます』って頭下げられちゃったし、結ちゃんに何か変わった様子はないかとか困ってる事はないかとか色々聞かれて。
その時に一緒に暮らしたいって……おっしゃてたから。だから、簡単に央雅と一緒に暮らす事を許すとは思えないんだけど」

心配そうに央雅くんと私にそう教えてくれた。

確かに、ずっと父さんは私と暮らしたいと戸部先生に相談していたらしいし、今もそれは変わらない。
実際に数日前に来たメールがそれを強く教えてくれた。

「じゃ、結乃のお父さんに会って頼んでみるよ。
俺、少しでも長い時間を結乃と一緒にいたいんだ。これから大学も忙しくなるし会えない時間が増えそうだからな。
それに、放っておいたら誰かに持ってかれそうだし」

さらっと。あっさりと。まるで言い慣れてるかのように言いのける央雅くんの表情は普段とまるで変わらないまま。
照れるとか恥ずかしいという感情を持っていないんじゃないかと疑ってしまうくらい自然に言われた言葉。
私の方が恥ずかしい。
私だけでなく、芽依さんと夏基さんだって手に箸を持ったまま固まってるし。

央雅くんって、こんなに素直に感情を見せてくれる人だったっけ……?

しばらく無言の空気が漂っていたけれど、はっと気づいたように口を開いたのは芽依さんで、その顔は安堵感が浮かんでいた。

「女の子とは適当に付き合って、自分の気持ちを見せたり与えたりしない男だって思ってたけど、ようやく本当の央雅が見えた気がするよ。
弟なのに、すごく格好よく見える。
ちゃんと、結ちゃんを大切にしてあげてね。央雅が言うみたいに結ちゃんもてそうだから」

「あ。あの。そんな事……ないんで……」

慌てて訂正する私に、芽依さんは笑って首を横に振り、

「ちゃんと、央雅にガードしてもらってね」

とてもとても、嬉しそうだった。
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