揺れない瞳
その後、私を送ってくれた央雅くんは、今日も私の部屋に上がろうとはしなかった。
最近いつもマンションに着いたらそのまま帰っていく央雅くんに、少し寂しさを感じてしまう。
ちゃんと気持ちを伝えあう前の方が、私の部屋に寄ってくれてたと思う。

「……じゃ、部屋に着いたらちゃんと電話して。それまでここで待ってるから」

そっと私の腰を抱き寄せて、合わせるだけのキスを落としてくれる央雅くんからは、私を大切に思ってくれている気持ちを感じる事ができるけれど、あっさりと帰ろうとする様子には不安になってしまう。

抱きしめてくれていた手がゆっくりと離れると、途端に離れたくない気持ちが大きくなってきて、そんな感情を隠せないまま央雅くんを見上げた、

そんな私を、困ったような目で見つめた央雅くんは、ぽんぽんと私の頭を叩いて。

「結乃のお父さんに会って話をするのが先だから。付き合ってる事をちゃんと伝えて、一緒に暮らしたい事も言って、それからだ、何もかも。
今の俺は、二人きりになると結乃に何するかわかんないくらい結乃に惚れてるから。
だから、ここでばいばいだ」

な?と苦笑する央雅くんは、もう一度唇を落とした。
かすめるようなキスに、物足りなさを感じた自分に気づいて戸惑う。
いつも央雅くんからキスをしてくれる。
私からのそれはなくて。
結局いつも央雅くんが与えてくれるキスや抱擁に満足していたけれど、少しずつその温かさに慣れて、幸せを感じられるようになった私は、自分の中にも央雅くんを求める気持ちがある事に気付いた。

触れ合う体温や重なる唇から注ぎ込まれる安堵感や愛情に、もっと強いものを求める自分が生まれつつある。かなりの速さで。

私は、央雅くんと、もっともっと……近づきたくてたまらないんだ。

そう認めて。

なんだか、今まで知らなかった自分に気づいていくようで、自分が怖くなる。





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