揺れない瞳
「あの……私、ずっと……」

「ん?何?今日は、覚悟してるから、なんでも言ってくれ。
責められるのも、泣かれるのも、怒られるのも、ちゃんと受け止めるから」

私の中にある感情は、そういうものじゃないんだけど、父さんにとっては私への想いは後ろ向きの負の想いに溢れてるのかな。

私を放り出したことへの感情は、その代表格で、とどまる所を知らないくらいに大きく覆う後悔の渦なのかもしれない。

願わくば、後悔していてほしい。私を手離した理由を、正論で終わらせないで欲しいから。
少しは後悔していて欲しい。
そう、思いながら父の顔を見つめていると。

「ずっと、いい子でいました。私」

自然に私の口から洩れ落ちる言葉。

「父さんと、母さんに捨てられた事を受け入れるにはやっぱり時間と諦めと、勇気が必要で。すごく悲しくて……子供だったけど、消えてしまいたいくらいに悲しかった」

時々揺れてしまう視線を、どうにか父さんに向けながら、そう言うと、自分でも忘れていた感情がよみがえってくる。決して思い出したくはない悲しい感情。

父さんは、私の淡々とした言葉に目を見開いて言葉を失ったように見える。
そして、唇をかみしめて切なく私を見つめてる。

「悲しくて、消えちゃいたいけど、子供だったから消える方法が思い浮かばなくて。
施設の中には一人で泣く場所すらなかったから、どうする事もできないままに毎日をただ生きていたんです。
学校にもちゃんと通ったし、施設でのお手伝いも頑張って。
当たり前に生きていたけど、いつも消えてしまいたいって、そう思ってました」

「結……」

すらすらと出てくる言葉は、本当に私の口から出ているのかもわからない。
ちゃんと気持ちを父にぶつけられればとは思っていたけれど、うまく言えてるのかもわからない。

「そんな私の空っぽな気持ちを救い上げてくれたのが、戸部先生でした。
悲しみで覆われてる私の全身を抱きしめてくれて、人肌の温かさと、その心地よさを教えてくれて。
そして、言ってくれました。
『誰もが羨むくらいにいい子になって、両親を見返してやれ。手離した事を後悔するくらいの大人になれ』
って。まるで、私の気持ち全てを温かくする魔法のような言葉で救い上げてくれたんです」

言葉に出して実感する。

戸部先生にすがって頼っていたんだと。


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