揺れない瞳
「ごめん……。本当に、俺は父親として、いや人間として……してはいけない事をした。自分の娘なのに、ちゃんと自分の娘なのに、見離すような真似をした。謝って済む事じゃないけど……本当に申し訳なかった」

それまでのぎこちなさを払拭するような滑らかな口調。
何を話せばいいのかわからないかのように戸惑っていた父が、私に向かって言うその謝罪の言葉には躊躇もない。
あらかじめ何度も言っていたかのようにすらすらと伝えてくれる後悔の念。

きっと、この言葉を、心の中で何度も繰り返したに違いない。

頭を下げるその姿を見ると、父の心の葛藤が見えてくる。
そして、私への罪悪感と過去からの呪縛に悩んでいたんだと、わかる。

「……私、『謝らなくていいです』とは言えない。
やっぱり、父さんの事、簡単には受け入れられないです。
どんなに謝ってもらっても、小さな頃の寂しい私を抱きしめてもらう事も、運動会のお弁当を一緒に食べてもらう事もできないから……」

「……ごめん」

「運動会の時にはいつも、施設の人や戸部先生や、戸部先生の家族のみんなが来てくれたけど。
それでも、父さんと母さんに来て欲しかったし抱きしめて欲しかった」

父が謝罪の言葉を話すのと同様に、私の口からも迷う事なく過去の切なさが零れ落ちる。
意識してその記憶を呼び戻したわけではないし、今日この場でそこまでの話をするつもりもなかったけれど。
それでも私の深層心理に漂っていた過去の出来事は、あっという間に言葉となり、父の心を突き刺すナイフとなる。

「ずっと、私への金銭的な援助をしてくれていたのは聞いてます。
高校だって、大学だってちゃんと通わせてもらってるし……素敵な家も用意してくれて、感謝してます。
でも、どうして私自身を受け入れてくれなかったんですか?
私が、邪魔だったんですか?」

普段の私からは想像もできないような強い言葉。
たとえ心の中で思っていたとしても、ここまで父を責めるような言葉、私が話せるとは思わなかった。
いつも自分の中に収めて耐えて、何も考えないようにしていたのに。

「邪魔なんかじゃなかった。そう言っても信じてもらえないんだろうな……」

苦しげな父さんの声に、私の胸は痛みで溢れる。
なら、どうして私を手離したの?

その理由を聞きたい。
私は、望まれて生まれてきたのではなかったのか。
親の責任を放棄できるくらいにしか私の存在を受け入れてなかったのか。

目の前の父さんだけじゃない、母さんからも拒否された私自身に、何か拒まれるだけの理由があったのか。

これから私が生きていく理由に繋がっていく父からの答えを待って、体は硬くなる。
父がどんな言葉で教えてくれるのか、体中が震えてる。
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