揺れない瞳
「奈々子と……結乃の母親と離婚すると決めた時には、俺が結乃を引き取るつもりでいたんだ。奈々子は絵の世界で生きていく為に勉強している最中だったから、結乃を育てるのは無理だと、何度も言って親権は俺が持つつもりで進めてたんだ。

けれど、結乃は絶対に渡さないと言い張る奈々子を説得できないままで、弁護士の先生が間に入って調整してたんだけど……」

口を濁し、顔を歪めている父は、何か言いづらそうな何かを私に伝えようかどうしようかと、悩んでいるよう。
私を見つめる瞳には鈍く切ない光が沈んでる。

「単純に、結乃を愛しているから手離したくないっていう理由なら、会いたいだけ結乃に会わせるし、一緒に育てていこうと言ったんだ。
俺には経済的な心配もなかったし。とにかく説得したけど奈々子は納得しなかった。
それどころか……『結乃はあなたの子じゃない』って言いだしたんだ」

「え……?」

父が話す言葉が、私を刺す。
予想もしていなかった。
父が苦しそうな表情で私を見つめる意味もわかる。

「私は……父さんの子じゃないの……?」

目に入る全ての色が消えたような気がした。
周りの音すら消えて、速くなった鼓動が私に聞こえる全てとなり、瞬きの仕方すら忘れてしまったように、茫然となった。

「私……」

呟く私の様子に驚いた父は、それまでの向かいの席から私の横に慌てて移ると

「違う、結局は俺の子だ、結乃は正真正銘俺の子なんだ」

私の両手を掴み、その手を何度も上下させた。
まるで私の気持ちを呼び戻すように強すぎるくらいの力を込めて、父は私の手を握りしめた。
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