揺れない瞳
「結、違うんだ、結は俺の子だ。ちゃんと血が繋がっている俺の子なんだ」

呆然とする私の体を揺らしながら、父さんが大きな声で言い聞かせる。
必死な瞳を私の瞳に合わせて、思いを私の中に伝えようと、何度も

『俺の子だ』

そう言いながら、父さん自身が泣き出しそうな顔をしている。
そっと意識を父さんに向けて、落とされる言葉の意味を受け入れると更に混乱してくる。

「でも、母さんは、私は父さんの子じゃないって……」

「ああ、確かにそう言った。結はほかの男の子供だって、そう言って俺が結を諦めるように仕向けたんだ」

「え……じゃあ、私は」

「正真正銘、俺の娘だ。気になるならDNA検査でもなんでもしていいから、信じてくれ。混乱させて悪い。結は、俺の娘に間違いないんだ」

何度も『俺の娘だ』と言う父さんの言葉に嘘も偽りも感じられない。

「じゃ、父さん……って、呼んでも大丈夫なんですね」

小さな声で、呟いた。

「ああ、何度でも呼んでくれ。俺は、結にそう呼んでもらいたくて、今ここにいるんだ」

「でも、あの……母さんが言った言葉が嘘だとして、それってどうしてそんな事……」

訳が分からない。
父さんが私を諦めるように、私の事を『他の男の子供』だと言ったのならば、母さんの希望通りに私を引き取ったのにどうしてそのあと私を見離すような事をしたんだろう。
母さんの事、今までもわからなかったけど、やっぱり理解できない。
私を育てる事を放棄して、結局施設へ預けるくらいなら、最初から引き取らなければいいのに。
私を父さんに任せてくれていれば良かったのに。

「奈々子は、俺と出会う直前まで付き合ってた男がいたんだ。
その男に捨てられた反動で俺に抱かれて、そして……妊娠したんだ」

一言一言。私の気持ちを探るように話す父は、私がどう受け止めるのかを見逃さないようにしっかりと、私の手を握ったまま。

そして、私は。

母が妊娠した経緯を聞いて。

……それまで無意識に持っていたらしい母への期待が、一瞬で崩れていくのを感じた。
母にとっては望まない妊娠と結婚だったのか。
そんなことは、考えた事もなかった。
父さんと母さんが愛し合って、私が生まれたんだと、そう聞かされていた。

「父さんは、母さんの事を愛してなかったの……?」



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