揺れない瞳
私が信じていた基盤が崩れていく。
私が今ここに存在している事に疑問が溢れてくる。
父さんにしても母さんにしても、望んで私をこの世に送り出したのではなく、それ以外に何もできなかったからなのか。
それとも、母さんのおなかに宿った命を絶つ事ができなかったからなのか。

ずっと一人で寂しく生きてきたけれど、その中のたった一つのよりどころだったものが幻だったと教えられたようで、めまいすら感じる。

「父さんは、奈々子の事が好きだったんだ。自由に楽しく思うがままに生きている可愛い女の子に夢中だったんだ」

言葉を失ったままの私に、父さんは言葉を紡ぐ。

「奈々子の事が好きで、いつも見てたな。美術部で絵を描いている美少女は学校でも有名で、高校生の集団のノリってのもあったけど、奈々子の事を狙う男達はたくさんいたんだ」

「美少女……?」

「そう。本当にかわいくて、華奢で。……今の結乃に似てるよ。
今日久しぶりに会って、奈々子の高校生の頃を思い出したよ」

「私は、美少女なんかじゃないよ」

父さんのひいき目に満ちた言葉だとわかっていても、誉められるのに慣れてない私は照れてしまう。

けれど、父は軽く首を横に振ると

「いや、似てるよ。確かに結乃は奈々子の娘だってすぐにわかるくらいに……綺麗だよ。俺が側にいなくてもこんなに綺麗な女性になった事……嬉しいけど、父親としては悔しいな」

苦笑しながら呟いた。

「結乃がこんなに綺麗な女性に変わっていく時間を、一緒に過ごせなかった事を本当に悔しく思うよ。……奈々子の言葉を信じたせいで……いや、違うな。
その言葉に甘えて、自分本意の態度をとっていた俺の責任だ」

「……」

自嘲気味に口元が歪んだ父さんは、どこか私にも似ている気がした。




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