揺れない瞳
「え?愛子?が、どうかしたか?今日は家にいてるけど」

父さんの今の奥さんの愛子さんの事を知っているらしい女性は、父さんの怪訝そうな声に一層顔を歪めた。
何か気になる事でもあるのかな。
ちらりと私に向ける視線だって厳しいし、何だか居心地が悪い。

不安げな私に気付いたのか、父さんは優しく笑いかけてくれると。

「愛子も今度連れて来るよ。この店を教えてくれたのは愛子だからな。
最近は車の免許をとりに教習所に通ってるから忙しくしてるんだ」

お店の女性にそう言った。

『愛子』と声にする時の父さんの顔からは、まさしく喜びが溢れている。
私という成人した娘がいるとは思えない若さだけど、今の顔は更に若く見える。
愛子さんには会った事はないけれど、彼女をとても大切にしているんだとよくわかる。
私の母さんとの離婚後長い間独身でいた父さんが再婚して数年。
社長という立場や私の存在が再婚への足かせにならなかったはずはない。
愛子さんと入籍する前日、戸部先生が

『長く恋愛から遠ざかっていた結乃ちゃんのお父さんに再婚を決めさせたくらい、素敵な女性だよ』

と愛子さんの事を教えてくれた。

父さんも愛子さんも、入籍後新しく住む家に私を呼んで一緒に暮らしたいと申し出てくれていたけれど、気持ちのうえでは他人のような距離感を持っている父さんと一緒に暮らすなんて考えられず断った。

再婚相手の愛子さんが父さんよりも10歳も年下という事にも驚いて、更に父さんとはぎこちない関係になった。

未だに愛子さんとは会った事はないけれど、ずっと気になっている。
私の事を、どう思ってるんだろうって。
今父さんが見せている愛子さんを思う笑顔を見ると、二人はかなりうまくいっているようだ。
幸せそうな父さんの姿を目の当たりにして、傷ついたり嫉妬したり、人には見せたくない感情が沸くかと不安だったけれど。

「愛子さんって……素敵な女性だって戸部先生がおっしゃてました」

何のためらいも気負いもなく、父さんに笑顔を向ける事ができた。
なんだ、父さんと話す事って、意外に簡単な事。
愛子さんの事を話題にしても、落ち着いてる自分が、なんだか嬉しい。

父さんは驚いたように少しだけ目を見開いたけど、まるで世間話をするかのように自然に話している私にほっとしたのか。

「ああ、俺にはもったいないくらいに素敵な女性なんだ。
いつか、会ってくれるか……?」

思い切ったように呟いた。

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