揺れない瞳

「父さんね、すごく悲しそうだったんだ。
私が、今まで恋愛には全く関係のない生活をしていたから、成人したとはいえまだまだ子供だって思って油断してたってため息ばかりついてた。
このまま私が結婚しちゃったら、二度と自分のもとには戻ってこなくなるのがつらいみたいで。
相当落ち込んでた」

「……そう言う結乃も落ち込んでるんじゃないのか?
結構つらそうだけど」

「あ……。そうかな……」

俺が呟いた言葉に、結乃はぎゅっと唇を結んだ。視線が俺に向けられたけれど、それは決して甘いものではなくて。今にもこぼれそうな涙をためていた。

「父さん、私を取り戻すチャンスがなくなるのかって、悲しんで、俯いて、つらそうで。昔私を施設に預けたままにした事をすごく悔やんでた。
……本当に、後悔してばかりみたいで」

震える声には悲しみと、切なさしかのせられていなくて、俺はただじっと耳を傾けるしかできない。
結乃のつらそうな顔の原因が一体なんなのか、はっきりわからなくて、ただ戸惑う。

「私ね、父さんには父さんの事情、母さんには母さんの事情があって、私を施設に預けた事はやむを得ない、仕方のない事だって思ってた。
だから、父さんの事も母さんの事も恨んだ事なんてなかった。
どんなに寂しくて悲しくても、仕方ないって諦める事はあっても恨んだ事なんてなかったのに」

そこまで一気に話すと、結乃は大きく息を吐いた。
とうとう瞳からは涙がこぼれてきて、止まる様子もない。

そんな結乃を目の前にしても、俺は何も言えず、ただ彼女が続けるであろう言葉を待つしかない。歯がゆくて仕方がない。
……とはいっても、こんな状況なのに。
はらはらと涙を流し、潤んだ目で俺をじっと見つめる結乃を綺麗だと思ってしまう自分が情けなくもある。
それほど、俺は結乃に惚れてるって言う事なのか。




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