揺れない瞳
しばらく俺を見つめながら気持ちの整理をしたらしい結乃は、意を決したように表情を作ると

「……嬉しかったの。父さんがつらそうな顔で、心底落ち込んでる姿を見る事が、すごく嬉しかった。
今まで、父さんや母さんの事、恨んでないって思い込んでたけど、やっぱり恨んでたのかな。父さんの落ち込む姿が嬉しかったの。
私を一人ぼっちにして寂しい思いをさせたんだから、今父さんが後悔して落ち込むのは当たり前だって、思っちゃったんだ」

低く淡々とした口調の中には、結乃が今見せている辛そうな様子の原因が見え隠れしている。
結乃が悩んでいる事、そして自分の中で折り合いをつけられずにいるもの。

「……そう思う、自分が嫌なのか?」

「え?」

ぴくりと体を震わせて、顔をくしゃっと歪めた結乃。
ずきずきと、俺の気持ちも痛む。

「お父さんが苦しむ様子を見て、嬉しいって思う自分が嫌なのか?」

それでも、結乃の気持ちがわかってしまう俺は、敢えて感情を交えない声でそう聞いた。
きっと、正解。
結乃の気持ちはわかりすぎるほどわかる。

「私みたいに、人が苦しむ姿を見て嬉しくなるような人間……最低だよね」

ぽつぽつと呟く結乃は、それでもどうにか笑顔で俺を見る。
俺の方がつらくなるから、それはやめろよ。

「本当なら、父さんの気持ちを楽にするような気の利いた言葉をかけなきゃいけないのに……娘なら、そうしなきゃいけないのに。
私は、つらそうな父さんを見ながら、自分の気持ちが軽くなるのを感じてた。
……こんな私の事、央雅くんも嫌だよね」

自分を責めるような言葉ばかりを口にして、自分を傷つけている。
そんな結乃の気持ち、俺にはわかりすぎるほどわかる。

「嫌なんかじゃない。俺は、もっと黒くて重い感情をもてあましながら生きてたんだから」

そう、嫌だと思われるのは俺の方だ。






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