揺れない瞳
俺の言葉に、怪訝そうな視線を向けた結乃。
相変わらず自分を責めるような涙を浮かべる表情は痛々しい。
そんなに自分を責めなくてもいいのにな。
結乃が持っている重苦しい感情なんて、俺に比べれば小さなものなのに。

「俺は、芽依ちゃんが結婚する時ほっとしたんだ。
俺の代わりに夏基さんが、芽依ちゃんの寂しさをわけあってくれるんじゃないかって考えてた」

もう過ぎた事だとはいっても、その時俺の心に巣食っていた重苦しい気持ちは今でもリアルに思い出せる。
それほど長い時間を生きてきたわけではないけれど、あの時ほどの闇を、自分の中に感じた事はない。

自分のせいではないとはいえ、自分の存在があるために、芽依ちゃんの生きやすい環境を奪ってしまったという重荷を降ろす事ができると、ほっとしたあの時。

「俺が存在していても、芽依ちゃんが生きる事に幸せを感じられるように、心から笑える居場所が見つけられるように、そればかりを考えてたけど。
やっぱりそれは重すぎて疲れてたんだ。
俺には芽依ちゃんを幸せにすることはできないってわかってたしな」

時折小さな笑いも含ませながら、あたかも過去の出来事だと強く印象付けるような軽い口調で。
結乃の気持ちをほぐしたいと思いながら静かに話した。

「両親からの愛情を十分に受ける事ができなかった結乃が、お父さんを恨んだり、真っ白な気持ちで優しく接しようとしてもできないのは当然だ。
他人に見せたくない感情を抱える事は、自然な流れだろ。

俺みたいに、芽依ちゃんの幸せを願いながら、たとえその気持ちが本心だとしても、その気持ちから自分を解放させられる事にほっとする感情の方が、よっぽど罪深い」

じっと俺の言葉に耳を傾けながら、不安げに俺に視線を合わせる結乃。
その華奢な体を思わず抱きしめたくなるけれど、テーブルに向かい合う今、それはできない。
そして、その事にどこかほっとする。
今結乃を抱きしめたら、自分の不安定な気持ちを抑えきれずに抱きつぶしてしまいそうだ。



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