揺れない瞳
「絵の中の小さな女の子が、こんなに綺麗な女になったんだな。
……確かに奈々子に似てる」

突然の低い声に驚いて振り返ると、店長さんがそこにいた。

カウンターの後ろに飾られている絵を見る為に、部外者の私をカウンターの中まで通してくれた店長さんは、私と絵を見比べると目を細めた。

「大きな目も、形のいい口元も、奈々子に似てる。
……俺が大切にしていた奈々子に似てるよ」

「奈々子って、あの、母の事ですか?」

店長さんの言葉がすぐには理解できなくて、戸惑いを隠せない。
奈々子って呼び捨てにするなんて、それほど親しいのかな。

「そう。俺と奈々子は幼馴染だったんだよ。近所に住んでたから、妹みたいにかわいがってたんだけど、あいつはさっさと結婚して俺から独立したけどな」

くくくっと笑う声には懐かしそうに昔を振り返る優しさと切なさが混じっていた。
長身で綺麗に整った顔は、母さんと幼馴染だというには若く見える。
この間お店に来た時には話す機会もなかったけれど、こうして間近で見ると、意思の強そうな表情が素敵で、じっと見つめ返してしまう。

「奈々子もそうやって、俺をいつも見てたよ。
で、『お腹すいた』って言っては俺におごらせてた。……懐かしいよ」

そう言うと、店長さんはそっと私の頭を撫でてくれた。
私を見ているのに、まるで母さんにそうしているような目。

「その雑誌、俺も読んだよ。記事の中で奈々子が言ってる『おにいちゃん』って俺の事なんだよ。……そうだな、奈々子の娘なんだから、結乃ちゃんもお腹がすいたらここにおいで。なんでも食べさせてあげるよ」

「えっと、あの、私……」

私が手にしていた雑誌を見ながら店長さんはにっこり笑った。

「奈々子の選択は間違ってなかったんだな」

深い吐息とともに、ゆっくりと呟く店長さんが言う意味が理解できない。
私はただ黙って、混乱するだけ。

「この絵を見る結乃ちゃんは、すごく幸せそうな表情をしてる。
小さな頃を優しい気持ちで思い返してる。
そんな結乃ちゃんがここにいるって事が、奈々子の選択は正解だったって事だよ」



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