揺れない瞳
これまでとは違う母さんへの気持ちに戸惑いながら絵を見ていると、店長さんの言葉に意識が戻される。

「奈々子は妊娠したとわかった時、迷わずに産むって決めたんだ。
まだ16歳だったし、もちろん未婚だし。
周りは大反対だったけど、それでも産むと言ってきかなかった。
俺も、奈々子の将来を考えると、子供を産んで育てるなんて無理だと思って反対したけど、あいつはさっさと結婚して子供を産んで。
会う機会もなくなったんだけど。

幸せだったんだな。この絵を見ると奈々子が幸せな家族の中で生きてたってわかる。
苦労もあっただろうけど、結乃ちゃんがいて、旦那さんがいて幸せだったんだな。

奈々子の選択は間違ってなかったんだと思って、俺も嬉しかったよ」

店長さんは、まるで自分に言い聞かせるようにそう言うと、そっと右手を伸ばした。

指先が触れたのは、絵の中で風に吹かれている母さんの後ろ姿。
どこか遠慮がちにたどる指先は、震えていた。

「結乃ちゃんを産んで、幸せだったんだな」

母さんに向けられた言葉に込められているのは、まぎれもなく愛情。
店長さんが母さんを思う気持ちはそれ以外に感じられない。

その愛情が、妹に対してのようなものなのか、それとも。

母さんと父さんの間に生まれた愛情と同じものなのかはわからないけれど、店長さんは、母さんの事を大切に思っている事はよくわかる。
きっと、この絵を見ながら何度も切ない気持ちを抱えているんだろう。

「結乃ちゃんに会えて、俺も嬉しいよ」

絵の中の母さんにそう呟く店長さんは、とても優しい目をしていた。

その姿が何だか悲しく切ない。
遠い日の母さんの姿を思い返しているのが伝わってくる。
私は思わず口元をぎゅっと結んだ。

その時、隣に立っていた央雅くんが私の手をやんわりと包んでくれた。

……途端、私の体は暖かくなった。
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