揺れない瞳
お店をあとにしても、私の気持ちは落ち着かないままだった。
店長さんが母さんを大切に思っていた、そしてきっと今も。
父さんに思いを残したままで離婚した時の、母さんの悲しげな様子をおぼえているせいか、母さんが私を見離したという過去よりも、どこかでちゃんと生きていてくれるだけでいい、と無意識に考えていた私。
父さんを忘れるために絵を描いて、自分が生きていく道筋と目標を作っていた母さん。
まるで今にも死んでしまうように、落ち込んでいた母さんが生きていてくれるなら、私は寂しい気持ちを我慢しなきゃいけないと小さな心を痛めながらも我慢していた。
海外に拠点を移して自由に活動を続ける母さんを、求める気持ちはあっても責める気持ちなんか全くなかった。
生きていてくれさえすれば、いつかは会える。
そう自分を慰めて我慢ばかりをしていた。
でも、そんな我慢にも限界はある。
施設で生活しながら必死で毎日を過ごして、少しずつ大人になって、少しずつ理解できる事が増えて。
いつしか私の中に芽生えたのは、寂しさから転化した憎しみだったのかもしれない。
崩れ落ちそうな悲しみを抱えていた母さんへの憎しみではなく。
母さんを捨て、私を見離した父さんへの憎しみ……。
でも父さんは、母さんの嘘によって、その嘘を信じた振りをして私を引き取らず。
結局今では、その過去に苦しめられている。
小さな頃は目に見えなかった真実に気づかされて、私の気持ちはめいっぱいまで張りつめている。
マンションに向かって揺られている電車の中で、何から気持ちを整理していけばいいのかわからなくて、ため息ばかりだ。
電車の窓から見える夜景は、普段以上に暗いものに見えた。