揺れない瞳
「大丈夫か?」

マンションの下に着いた時、央雅くんが心配そうに私の顔を覗き込んだ。
帰る途中ずっと黙ったままの私を気遣いながらも、敢えて何も聞こうとしなかった。

「うん、ごめんね。今日は色々とあったから疲れたみたい。
央雅くんもバイトじゃないのにお店にまでついてきてもらってごめんね」

小さな声で笑った私をじっと見つめながら、央雅くんは首を横に振った。

「店には俺が無理矢理連れて行ったんだから気にするな。それより、店長の話聞いて、落ち込んでるんじゃないのか?」

「落ち込んでるっていうなら、そうかもしれないけど……。
私って、何も見えてなかったなって」

「……」

「父さんの気持ちも母さんの気持ちもわかってなかったのかなって、気付いた事に驚いてるかな」

驚いたし、自分が浅はかだったなと思って情けなくもなった。
父さんからの話と母さんが雑誌で話していた言葉が呼び水となった現実は、母さん一人をかばって父さんを悪者にしていた私の身勝手な思い。
追い打ちをかけるような店長さんの言葉。

「私って、何もわかってなかったんだなって落ち込んでる。
父さんが苦しんでいたことに気づかなかったし、母さんが本当はどんな心境で私を見離したのか、考えようともしてなかった。

……私って、子供だったんだな。情けない」

思わず出るため息を我慢できなくて、俯いた時、繋いだままの央雅くんの手に力が入った。

「そりゃ、子供だったんだから、仕方ないだろ」

その声に顔を上げると、何てことなく軽く笑ってる央雅くんがいた。

「結乃が両親に振り回されて、その事で両親を責める事はあっても。
何もできなかったとか、両親の心を理解できなかったとか。
不甲斐ない自分に悩む事はないんじゃないの?
悪いのは、大人の勝手で子供を振り回した両親だろ。な?」

あっさりと言い切った央雅くんは、私の頭をくしゃっと撫でて笑った。
両親の事で悩む私の事を、まるで『悩むなんてばからしい』とでもいうように。

生まれてからずっと、芽依さんへの複雑な思いをまといながら生きてきた央雅くんの笑顔には、重みが感じられる。
そのせいか、央雅くんの言葉はすっと私の中に入ってきた。

両親に対して、そんなに悩まなくてもいいのかなとか、自分を責めなくてもいいのかなとか。

それで、いいのかと、新たな感覚が芽生えた気がした。





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