揺れない瞳
「え?私、結乃ちゃんの気に障るようなこと言っちゃった?」

すっと表情が消えたに違いない私を見て、芽依さんは慌てている。

「いいえ、大丈夫です。……ただ、今まで、両親からもらった体なんて、意識した事なかったから、ちょっと……」

そう言って、笑って見せた。
決して作り笑いなんかじゃないけれど、自分の中に生まれた見知らぬ感情をどうしようかと、悩みながらの笑顔はきっとかわいくないはず。

今日会ったばかりの父さんならともかく、ここ数年会っていない母さんの姿は、曖昧にしか思い出せなくて、『両親』とひとくくりで言われてもピンとこない。
海外に拠点を移して画家としての活動をしている母さん、今はどこにいるんだろうな。本当、ふらふらとしているから……。
好きに生きる人だとわかっているせいか、期待も何もしないようになって長い母さんへの思い。

自分の願望を現実にするために思うがままに生きている母さんの事、たまに思い出しては心配になる。

今はどこでご飯食べてるのかな。と。

年に数度の電話があるだけで、完全に私への責任を放棄している母さんだけど、私を嫌いになったわけではなくて、単純に自分の好きに生きたいってだけの面倒な女性。そんな面倒な女性だけど私は嫌いじゃない。

もちろん、小さな頃は恨みに近い思いも抱いていたけれど。

それでも、私も年を重ねていくうちに、憎めない面倒な女性だと受け入れられるようになった。

逆に、私を道連れにして世界中を放浪せず、施設に預けてくれた事、そして父さんとの縁を繋いだままでいてくれたことに感謝するようになった。

身勝手でわがままで厄介な母さん、そんな母さんから与えてもらったこの体。

モデルとして役立てる事、できるのだろうか……。

私の手を握ってくれているままの央雅くんを見上げると。

心配そうに目を細めながらも、私を信じてくれているとわかる温かい瞳。
何があっても、きっと私を傷つけないし守ってくれると伝えてくれる瞳がそこにあった。

「私、やってみようかな……モデル」

ふとこぼれた言葉に、自分自身が一番驚いた。
芽実さんの『やったー』という言葉と奏さんの
『あーあ、結乃ちゃんも芽実の餌食になったな』という言葉が聞こえる中、央雅くんも口を開いた。

「ステージに立つ時には、『佐伯結乃』として、立ってくれ。
さっき、お父さんにも了解とってるから、それまでに籍入れよう」

その瞬間、あれほどうるさかった芽実さんでさえ言葉を失い、私は意味がわからないままで、気を失いそうになった。




< 387 / 402 >

この作品をシェア

pagetop