揺れない瞳
「えっと…あの、央雅くん?籍って、それは、その、け……けっこ……」

どうにか意識を取り戻したかのように、はっと立ち返って、央雅くんに聞いてみようとするけれど、なかなかうまく言葉が出ない。聞きたい言葉はただ一つなんだけど、口にする事が恥ずかしいし、私の勘違いならどうしようかと戸惑う気持ちもある。

きっと、間違いじゃないと思うけど……籍っていうのは、きっと。

「結婚するっていうこと。今日、結乃が愛子さんと二人でキッチンにいる時に、お父さんに了解してもらった。正月明けにでも、俺の両親に挨拶に来るってさ」

「来るってさって……私……何も聞いてないんだけど?結婚の話って、央雅くん諦めたんじゃなかったの?」

「まさか。諦めるわけないだろ?今このまま役所に行って入籍してもいいくらいなのに」

普段と変わらない穏やかな口調の央雅くんは、まるでそうする事が当然の事のようににやりと笑った。

「まあ、このまま勝手に入籍すると、俺の両親が結乃の親に申し訳ないって怒り狂いそうだから、我慢するけど。
とりあえず、両家の挨拶だけ済ませたら、即入籍。拒否権なし」

「……うん……」

この間、一緒に暮らすとか、結婚するとか、話が出たけれど、なかなか簡単に受け入れられる話でもなかった。父さんとの関係が近い距離に変化して、その事も気になっていたから素直に頷けなかった。
いつか、結婚して央雅くんのもとに嫁ぐのなら、しばらくは父さんとの時間を増やしてもいいかと、思っていた。

「父さん、本当にいいって言ってた?」

「ああ、今反対して、いずれろくでもない男に嫁にやるよりは、将来医者になる俺の方が安心らしい。それに、戸部先生からこれ以上嫌味を言われるのも嫌だってさ」

何かを思い出したように笑う央雅くんに、首をかしげると

「もし、結乃を幸せにできなかったら……」

「できなかったら?」

くすっと笑った央雅くんは、私の頭をゆるゆると撫でながら

「全力で俺を抹殺するらしい。結乃への愛情と、大企業の社長だという自分の立場を最大限に利用して、俺が生きていけなくなるように抹殺してやるって本気で言われた。……怖いよな」

全然怖いなんて思ってないように、笑い飛ばしてる様子にほっとするけれど、父さんの必死な思いが、私の胸をじんわり温かくする。

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