揺れない瞳
「結乃が今住んでいるマンションに住まわせてもらうのはいいとしても、生活費も学費も面倒をみてもらうのは、遠慮させてください。
僕の両親だって、ちゃんと仕事をしているし、卒業までは経済的に世話になる事をお願いしてるんで、大丈夫です」

真剣な顔でそう言う央雅くんに、父さんは頷いた。
まるで央雅くんの言葉を予想していたみたいに落ち着いているし、動揺している様子でもない。

「わかってるよ。央雅くんのご両親も医者として立派に働いてらっしゃることは理解してる。それでも、私にはこうすることでしか結乃に償う事ができないんだ。結乃が過ごした悲しくて苦しい時間は取り戻せないから、これからの生活が幸せに進んでいくように経済的に支援していくしかないんだ」

「父さん……」

「央雅くんにも男としてのプライドもあるだろうし結乃を自分の手で幸せにしたい気持ちも強いと思うけど。
私のわがままだと思って、諦めてくれないか?
央雅くんが大学を卒業して、医者としての道筋をつけることができるまで、私に頼って欲しいんだ。

お願いします」

事前にその言葉を考えていたかのように、よどみなく自分の気持ちを口にした父さんは、小さく息を吐いて頭を下げた。
央雅くんだけでなく、並んで座っている央雅くんの家族に対しても何度も頭を下げてくれた。それは、私のためだ。

父さんの横に座っている愛子さんは、そんな父さんの背中にそっと手を置くと

「私が彼に出会ってから10年間、ずっと結乃ちゃんの事を気遣って、後悔して、自分を責めている姿を見てきました。
ようやく結乃ちゃんの為に自分が役に立てる時が来たと、彼も必死なんです。
彼の自己満足かもしれませんが、どうか、彼の申し出を全て受け入れてもらえないでしょうか。お願いします」

父さんと一緒に愛子さんまで頭を下げてくれた。

そんな二人の様子に、部屋の中は静かになる。
央雅くんの家族も、ただ黙って二人を見ているだけで、その表情は切なさが溢れている。

「私も、父さんに甘えたいです。もう大人だし結婚もするっていうのにおかしいけど、父さんにわがまま言ったりおねだりしたり、せめて学生の間はさせて欲しい。……央雅くん、だめかなあ」

思わず出た言葉と、涙。
私の頬をつたう涙はうれし涙だ。

これまで幾つもの感情を押し殺して父さんとの距離を作ってきた自分を解放した涙。温かくて、しょっぱい。
それでも、私の中にずっと埋もれていた涙は、きれいに違いなくて。
その顔のまま、向かいに座る央雅くんを見つめた。

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