Liberty〜天使の微笑み【完】
「純哉から連絡来あったの?」
「あ、はい。今日は会えなってメールが」
「じゃあせっかく来たんだし、市ノ瀬も食べていきなよ」
着替えが済んだ橘くんが、私の斜め前に座りながら笑顔を向ける。
ここまでされれば、もはや断るのは難しい雰囲気。
でも……純さんいないのに、いいの、かな。
「なんだか、すみません。――本当に、いいんですか?」
「気にしないで。三人で食べた方が美味しいでしょう? それに……娘が出来たみたいで、おばさんもうれしいわ!」
すごく楽しい様子に、なんだか断るのは申し訳ない気がして――私はその好意に、素直に甘えることにした。
そういえば……。
「久々だなぁ」
ぽつり小さく呟くと、それに反応した橘くんが、興味ありげに聞いてきた。
「えっと……中学の時から、食事は私が作ってたから。こうやって作ってもらうのって、久々だなぁって」
「へぇ~。じゃあ料理とか得意だったりするの?」
「まぁ……それなりには」
毎日作っているだけあって、そこそこは作れる自信はある。
「じゃあ紅葉ちゃんの旦那さんは幸せねぇ~」
「「……っ?!」」
その言葉を聞いた瞬間、私たちは軽く喉を詰まらせた。
「料理上手だなんて、重要なところだものね。――朔夜もそう思わない?」
「そ、そりゃあ思うけど……いきなりそーいう話題出すなよ。市ノ瀬にプレッシャーかけてるみたいだろう」
「あら、別にそんなつもりはないのよ? 気を悪くしたらごめんなさい」
「い、いえ! 気にしてませんから」
本当、ちょっと驚いただけだし。
それに……本当にお嫁になったとしたら、こうやって相手の親とも仲良く出来るのって、すごく理想的だなぁ。
小さな時から抱いている、大きな夢。
他の人から見たら、小さなことかもしれないけど――あったかい家庭が、私の夢。
本当に、こうやって過ごせる日が来たらいいのに。
そんなことを考えながら、三人の食事を楽しんだ。
◇◆◇◆◇
翌日、美緒の彼氏である海さんの車に乗って、私たちは美術館へと着ていた。
橘くんは自分の車で来ており、合流すると、四人で中へと進む。
海さんは、美緒と橘くんの高校の先輩で、私たちより2つ年上。
ちょっと目が鋭いところがあるものの、中身はとてもやさしい人だ。
今回やっているのはキリスト展。
イエス様やマリア様といった神様の絵がたくさん描かれていて、天使や悪魔なんかの絵もたくさん見られる。
「へぇ~実物ってこうなってんだ」
「実際に見る方がいいでしょ?」
海さんと美緒は、腕を組みながら私たちの前を歩いている。すごく楽しそうで、もはや二人だけのラブラブな空間が出来上がっていた。
いいなぁ~。私も、腕とか組んでみたい。
カレとは数回しか腕組をしたことがなく、手をつなぐのも、冬限定で数回のみ。
理由は、カレが汗っかきなので、べとっとした感覚が嫌なこと。そして元々、そういうことが好きでないから。
……みんな、触れ合ってる。
館内を見回すと、ガッツリくっついていることはしないものの、軽く手を握ることはしていて――それを見て、チクリと胸に痛みが広がるのを感じた。
「――大丈夫?」
顔をのぞき込むようにして、橘くんが様子を窺う。
少し慌てたものの、大丈夫だからと言い、余計なことは考えないよう、絵を見ることにした。
「肌の質感……すごいなぁ」
「これ、描くのどれだけかかるんだろうな」
今見ているのは、天使と悪魔が戦っている絵。
有名な作家が描いたものではないけど、色使いや絵の勢いなんかが、目を見張るものがある。
「こういうのって……橘くんも勉強になったりする?」
「なるよ。その時代の服装や、全体の配置とか。――ま、それ以前に絵が好きなんだけどね」
「そうなんだ。兄弟そろって好きなんだね」
「えっ――?」
橘くんは、不思議そうな眼差しを向けてくる。
何かおかしなことでも言ったかなと考えていると、橘くんの口から、思いもよらない言葉が飛び出た。