Liberty〜天使の微笑み【完】
「こっちはトモダチ?」
「初めまして、福原美緒といいます」
「ミオちゃんね。いつもクレハがお世話になってます」
すっと、美緒へと手を伸ばすその人に、私は慌ててその手を払いのけた。
「用が、済んだでしょう。――帰って」
「紅葉……?」
もう、美緒におかしいと思われてもいい。
今はただ、この場からこの人を追い出したい……その一身で、私の心は保たれていた。
「な~に? コワイ顔しちゃって。もう、カワイイ顔がだいなしよ?」
そっと私の頬に触れ、その人は満足そうに微笑む。
「やっぱり、ワタシの国の血があるから、キレイな顔よね」
「っ……!?」
なんで今、そんな話……!
高校の時から、ハーフだというのは隠してきた。そうしなければいけない環境にいたから、いくら仲がいい美緒であろうとも、そのことは話していなかったというのに。
「今日は顔も見れたし、そろそろ行くわね。それじゃあクレハ、ミオちゃん、またね?」
ふふっと笑みをこぼし、その人は私たちに背を向けて歩く。
その姿が見えなくなった途端。
「ちょっ! 紅葉!?」
私はその場に、膝から崩れ落ちた。
張り詰めていたものがなくなり、上手く、体に力を入れれない。
「紅葉!? 紅葉ってば!!」
美緒の声が聞こえているのに、返事をすることも出来なくて。
意識は、そこで途絶えてしまった。
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『オトナなんだから、ワガママ言わないの』
また……あの夢?
『コドモなんだから、ママの言うこと聞けばいいの』
都合のいい時だけ、大人だとか、子供だとか言って……。
小学校二年の子どもに、大人なんだからとか言われて分かるはずがない。
『ママの言うとおりにしてればいいの! そうすればうまくいくの!!』
いつもそう。
自分が偉いと思って、周りを巻き込んで……それにどれだけ付き合わされたことか。
母親の友達の男性に会いに行った時、当時五歳だった私を、二人きりにした。
ふだんから、知らない人には気をつけろ、ついていくな、男の人には注意しろと言うくせに、母は私が初めて会った人と二人きりにして。
何も起きなかったものの、その間の空間、雰囲気は、とても居心地が悪かった。
母親曰く、自分が知っている人だから大丈夫だと言うけど……散々脅しておいて、それはないんじゃないかと思う。
子どもにとって、どれだけそれがいやなことだったか。
違う日には別な男性に会わされ、一緒に食事をした。
その時に母は、その人におねだりをしろと言ってきたこともある。
いやだと断ると、他の子どもはしてるのにと、とても忌々しい顔で私を見て……家に帰ってからも、そのことをグチグチと言われ続けた。
『ほら、パパからお金もらってきなさい』
離婚してからは、こんなことも言われるようになって。初めは従っていたものの、私だって反抗する時はあった。けれど、断れば言葉で責め立てられる。
アンタは日本人の汚い部分を受け継いだ!
パパに似てヒドイ心を持った!
そんな言葉を……ずっと、言われて育った。
時には叩かれ、理不尽な理由で怒られて――母の機嫌が悪いだけで叱られるということも、珍しくなかった。
だから、母を怒らせないようにしよう、逆らわないようにしようと、自分を護るために必死だった。
今では祖父母が私を引き取り育ててくれているものの、虐待が理由で別れたわけじゃないから、会いに来るのは自由。それもこれも、自覚したのは離婚した後のことだったから。
だから……私は、ハーフであることが嫌。
人によっては、母の国にいいイメージを持っていない。
お金をあげればついてくるとか、いやらしいお店で働いているとか。
母がそういうお店で働いていたわけじゃないのに、自分をそういう目で見る人がいやで、高校からずっと隠していた。――それなのに。