Liberty〜天使の微笑み【完】



 「――いつでも聞くから」



 ふわりと、頭にのせられた手の平。
 そのまま撫でながら、橘くんは言葉を続ける。

 「すぐに、話さなくていいよ。――言いたくなったら、いつでも付き合うから」

 手の平と同じような、やわらかな声。
 それを聞いて、余計に涙が溢れてしまって。

 「ご、めっ……止まら、なくて」

 「ムリに止めなくていいって。ガマンはよくないしね」

 そう言うと、手をすっと離し、再びハンドルへと添えた。
 ひとしきり涙を流すと、次第に気持ちが落ち着き始めて。――ぐぅ~っと、私のおなかが音をたてた。

 「…………」

 「…………」

 な、なんでこのタイミング!?
 そういえば……美緒が買ってくれていたおにぎりには手をつけず、そのままにしてたから、お昼から何も食べていない。

 「ははっ、市ノ瀬のはらも鳴ってることだし、なんか食べて行こっか?」

 「お、お願いします……」

 恥ずかし過ぎて、私は俯いてから言葉を発した。
 今、絶対に顔赤いよ……。
 それからお店に向うことにしたが、お財布を持ってくるのを忘れたらしく、一度、橘くんの自宅へ寄ることになった。
 着いたのは、三階建てのアパート。
 橘くんの部屋は三階の角部屋らしく、一番いい場所のようだ。

 「あ、あのう……」

 部屋へと行こうとする橘くんを止め、申し訳なさそうに、言葉を続ける。

 「お手洗い……貸してもらえる、かな?」

 そろそろ換えないと、下着に付いちゃいそうだし。
 初めての人の家で頼み辛いけど、戸惑ってる場合じゃない。

 「いいよ。ってか、そんな緊張しなくていいのに」

 「き、緊張するに決まってるよ!……初めて、なんだから」

 一人暮らしの男の人の部屋に入るのは、実はこれが初めてだったりする。
 カレの部屋に行った時とは違い、なんだか変に意識してしまって。

 「そう言われたら、こっちも緊張しちゃうじゃんか。――トイレここだから」

 ドアを開けると、右側の方を指差し、橘くんは部屋の奥へと入って行く。
 おじゃましますと言ってから上がり、さっとことを済ませる。
 意外と待たせてしまったかなと思っていると、まだ探しているのか、橘くんは外にはいなかった。
 奥にいるのかなぁ?

 「橘くん、見つからないの?」

 声をかけるも、返事は返ってこなくて。
 気なった私は、悪いと思いつつも、奥のドアに手をかけた。

 「――失礼しまっ」

 「いい加減にしろよな!」

 突然の大声に、体がビックと反応する。
 初めて見る橘くんの様子に、私はその場に、座り込んでしまった。

 「今日ぐらいそっとしてやれよ! は? 関係ないって……!」

 ようやく私がここにいることに気が付いたのか、橘くんと視線が交わる。私を見る視線は、どこか辛そうで。

 「……とにかく、今日は連れて行かないからな! 無理に来させるなよ!!」

 最後により強い言葉を発し、橘くんは電話を切った。
 体が震え始めてしまい、まだ何があったのかと、聞くことが出来なくて。
 どうしちゃったんだろう……すごく、辛そうな顔してる。
 本当に、変にこういうのには敏感で。橘くんに嫌なことがあったのは、明らかだった。

 「……悪い、大きな声出して」

 ぽつり呟くと、いつものようにやわらかな視線を、私に向けた。

 「う、ん。大丈夫、だから。――ごめんね。入って来ちゃって」

 「ははっ、気にしなくていいから。まー散らかってるから、あんま見ないでね?」

 先程のまでの刺々しい雰囲気はなく。今はもう、本当にいつもどおりの橘くんになっていたと思ったら。

 「さっきの電話……アニキからなんだよね」

 小さく、消えそうな声で呟いた。
 純さんから? だったら、どうしてあんなふうに。
 ケンカでもしたのかなと思っていると、橘くんはゆっくりと私に近付き、目の前に腰を下ろす。
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