Liberty〜天使の微笑み【完】



 ――だから、甘えてはいけない。



 言えばそれがクセになって、橘くんに迷惑をかけてしまう。



 「大丈夫だって。ケンカなんて、当たり前のこと、だよ?」

 「――それが、証拠じゃん」

 ぎゅっと腕に力を込め、言葉を続ける。

 「さっきから何かと“大丈夫”って言ってるけど……それ、無理してる証拠。――特に、虐待経験ある人は、無意識にそうやってしまうらしい」

 バレ…てる――?
 でも、ここで言うわけにはいかない。

 「違う、よ。本当に、私は大丈夫っ」

 「ほら、また言ってる。――福原と同じだから、分かりやすい」

 えっ……美緒と、同じ?

 「アイツも、家がぐっちゃぐっちゃなんだよ。だから、今の市ノ瀬はすげー分かりやすいってわけ。――ま、オレもそういう環境にいたからってのもあるけど」

 「あっ……」

 そっ、か。純さんが虐待されてたなら……橘くんにも、あるんだよね。
 だから、なのかな。
 相手が無理してるとか、嘘をついているとか、そういうのが分かってしまうのは。

 「橘くんも……いやなこと、された?」

 「……オレは、何もなかった」

 言われた言葉の意味が分からないでいると、すっと腕の力を緩めて、視線を私に向ける。

 「アニキはされたけど……オレは、何もされてない。だから、アニキには幸せになってほしい。なってもらわないと困るって、思ってるけど」

 言葉を詰まらせながらも、橘くんはゆっくり、言葉を続ける。

 「今のアニキには、そう思えない。――どうして、そこまで好きなの?」

 どうして……か。
 私はその疑問に応えるため、その時のことを話した。
 簡単に言えば、私の絵を評価してくれたから。
 高校三年の最後の作品が、街の大きな施設に飾られることがあり、それを気に入ってくれたことが、話すきっかけで。
 あの時の絵は、周りが評価してくれるようないい部分だけでなく。違う部分を、カレは読み取ってくれたから……少しずつ、惹かれていった。
 一番のきっかけは、手紙をくれたことなんだけど。

 「だから、私は純さんが好き。強引なところもあるけど、本当は、分かってくれてるって信じてるから――?」

 説明が終わった頃には、橘くんは驚いたような表情をしていた。
 一体……どうしたんだろう。
 何かおかしなところでもあったのかと思っていると。

 「違う、のに――」

 と、小さいながらも、そんな言葉が聞き取れた。

 「違うって……何が、違うの?」

 「……ごめん。今は、まだ言えない」

 そう言って、橘くんはさっと立ち上がる。

 「悪いな、足止めさせちゃって。――帰ろうか」

 「あ、うん……」

 話を、逸らされてしまったような気が。
 それからも、なんだかさっきのことを聞けるような雰囲気ではなくて。
 ぎこちない空気のまま家へと着いてしまった。

 「それじゃあ、また学校で――今日は、家で休んでてくれよ?」

 「うん、今日はそうする」

 「なら安心。――じゃあ、またな」

 軽く手を振りながら、橘くんを見送った。
 その後も、カレからの電話がかかったけどなんとか断り。今回ばかりは、自分の気持ちを通してみた。
 


 その行動が……更なる痛みを伴うなんて知らずに。


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