Liberty〜天使の微笑み【完】
―朔夜side―
福原からの誘いで、美術展を見に行くことになった日、オレは正直浮かれていた。
メンバーはオレたち三人と、福原の彼氏である桜庭海(さくらばかい)先輩が来ることになっている。
福原と海さんは高校から一緒で、大学になってからも海さんとは遊ぶことも多い。今では市ノ瀬を交え、四人で遊ぶことが定番になりつつある。
ま~た二人の世界に入ってるなぁ。
展示会に行くなり、福原と海さんは先頭を行き、いいムードで歩いている。
慣れてはいるが、そんな光景を見てしまえば、独り身なのを酷く痛感してしまう。
ま、市ノ瀬と一緒なのはうれしいけどさ。
視線を向けてみると、なぜか、市ノ瀬はどこか浮かないような顔をしていた。
「――大丈夫?」
様子を窺うと、大丈夫だからと言って、市ノ瀬はふつうに振舞ってくれて。
それからは特に気になることはなかったが……市ノ瀬から、意外な言葉を聞いた。
アニキが、こーゆう展示が好きだと。
今まで一回も興味を見せたことがないのにと思ったが、市ノ瀬のことが本気だったら……興味も持つのかもしれない。
実際、好きな人がやっているからと、その趣味をやってみて気に入るヤツもいると聞くし。
――それが、ホントであってほしかったのに。
イヤな予感が、現実になろうとしていたなんて。
◇◆◇◆◇
美術展の帰り、市ノ瀬を実家に連れて行ってから、どうも市ノ瀬の様子が思わしくない。それは美緒にも確信を抱かせるほど、目に見えて分かるものだった。
今日はバイトもなく、講義も午前中までなので部屋で寛いでいると、携帯が震えていた。見ると、それは福原からの電話。また集まりの誘いかと思い、いつものように出る。
「は~い、今度はどこに行くわけ?」
けれど、次の言葉を聞いた瞬間。
「はっ? 倒れたって……」
それまで穏やかだった心は、掻き乱されていった。
聞くと、市ノ瀬が倒れたらしい。理由を訊ねると、福原は罰が悪そうに説明を始めた。
『まぁ…なんとなく分かってたんだけど。――紅葉、虐待されてたんだと思う。倒れたのも、母親が学校に来て話した直後だからね』
はぁ~とため息をつき、福原は言葉を続ける。
『あの様子じゃあ、まだ抜け出せてないみたいね。経験者ならではの勘ってやつ? 一人で帰すの心配だから、さくちゃんに来てもらえないかなぁって』
その言葉を聞くなり、オレは二つ返事で電話を切った。すぐさま鍵を手にし、車へと乗り込む。
なんで……こんな弱ってる時に。
福原の勘は、たぶん正しい。アイツ自身虐待を受けていたから、そーゆう同じ環境のヤツなのかは、なんとなく分かってしまうらしい。
「――おっ、早かったわね」
学校へ行くと、福原が門のところで待っていてくれた。
「あんな話きいたら、急いで来たくもなるだろう」
「おぉ~、さすがに惚れた子のためってなると違うのねぇ~」
ちょっとからかう福原に、今は真面目にしろよと、オレは少しキツめに言葉を発した。
福原は、オレが市ノ瀬を好きなことを知っている。――正確には、絵の少女に、だが。
それが市ノ瀬じゃないかと目星を付けた時、福原が協力してくれたんだ。
「ごめんごめん。なんか慌ててるみたいだから、ちょっと落ち着いてほしくてね。あ、さっきの話、本人が話してくれるまで、無理に聞いちゃダメだよ?」
「分かってるって。無理に聞いても、意味ないからな」
「そうそう。さくちゃん分かってるじゃん。――ちょっとここで待っててね」
市ノ瀬を連れて来るらしく、オレは車を回し、門のところで待つ。
しばらくすると、なんとも顔に破棄のない表情の市ノ瀬が目に映った。
よっぽど……イヤなことがあったんだろうな。
そう思ったら、自然と口が動いていて。
「何か……悩んでない? オレでよかったら、いつでも聞くから」
「…………」
自惚れでもいい。
傲慢といわれてもいい。
オレが……オレじゃないと、市ノ瀬を助けられない、そう強く思った。